金沢区・磯子区 社会
公開日:2026.08.13
戦争の記憶をつなぐ 富岡に飛行艇資料館を 磯子区岡村在住 葛城峻さん
かつて根岸湾には「大日本航空」の飛行場、富岡には「横浜海軍航空隊」(通称「浜空」)の基地があり、数多くの飛行艇が海上から飛び立っていた。その中の一つである「二式大艇」は、現在、鹿児島県の海上自衛隊鹿屋航空基地史料館に屋外展示されている。
一方で、富岡の航空隊跡は県警第一機動隊の敷地となり、格納庫だった建物が今でも残っている。この二式飛行艇を旧浜空格納庫へ移設し、資料と共に展示する「飛行艇資料館」構想を思い描き活動する磯子区在住の郷土歴史研究家・葛城峻さん(95)に寄稿してもらった。
◇ ◇ ◇
横浜には全国でも稀な戦争遺跡が二カ所ありま
す。港北区日吉の連合艦隊地下司令部とここ金沢区富岡の横浜海軍航空隊の飛行艇格納庫です。
1936(昭和11)年の開隊以来、間口170m、奥行63mの偉容で県警第一機動隊の構内に健在ですが、近代建築技術史の上でも貴重な遺構と言わなければなりません。飛行機の大型化が進むころ各国は滑走路不要の飛行艇製造を競い合いました。島国日本は特に熱心で42(昭和17)年に海軍が採用した、エンジンが四つある巨人機が「二式大型飛行艇(二式大艇)」です。戦後アメリカでテストした結果、世界最優秀の評を得る傑作機でした。
二式大艇の里帰り
富岡の「浜空」はわが国初の飛行艇専門航空隊で南方前線に進出し索敵・哨戒・誘導・気象観測・残存兵救出など地味で危険な仕事をこなしました。敗戦後残った愛機は米軍が底に穴を空けてすべて杉田と根岸の海に投棄されましたが、生き延びた一機だけ鹿児島県鹿屋の海上自衛隊航空史料館で屋外展示されています。
ただ80年間も潮風に晒されて来ましたから、外部は塗装で保護されているものの内部は痛みが激しくいつ破棄されてしまうか心配でなりません。富岡では古巣が待っているのですから、里帰りすれば永久に屋内で保存され展観も可能になるのです。首都圏の一郭に「飛行艇資料館」が誕生すれば外国人観光客を含めて見学者が激増し、当時の技術レベルの高さを学べるだけでなく日本の誇るべき記念物となるでしょう。ガダルカナル島隣接のツラギで米軍の奇襲により、二人の生還兵を除く全員玉砕の将兵ほか、南海の空に散った多くの浜空隊員の方々への慰霊にもなるはずです。
平和利用への期待
いま横浜の空に時々厚木航空基地に配備中の水陸両用飛行艇「US-2」が姿を現しますが、高波に負けず各国船舶の海難救助や離島急患の緊急搬送に活躍中で世界の目が二式大艇以来の日本の優れた技術に集っています。突然の大震火災時にも海水で満タンの「大型消防飛行艇」は消防へリとは桁違いの威力を発揮しますから、その研究も進んでいます。島嶼国や森林国から平和利用の引合いも多いのですが、外為法の制約があって輸出ができず、外貨獲得・雇用拡大という折角の機会も失われたまま。
ジェット旅客機は見慣れていても、飛行艇を知っている人が少ないので大きな声にならないでいるのが残念です。里帰りができて二式大艇が身近に雄姿を現してくれたら市民の関心も必ず高まります。幸い、郷土史・技術史・遺跡保存・町おこし・平和運動・メディアなど各方面の方々が賛同してくださり運動の輪も拡がりつつありますが、皆さん「二式大艇カムバック!」の声をもっと高く響かせようではありませんか。
また、横須賀の方々が追浜の日産自動車撤退後の跡地に「海軍航空技術ミュージアム」をつくろうと立ち上がりました。水上機陸上機混合の横須賀海軍航空隊があった土地で「浜空」は水上機専門部隊としてここから分離独立したのですから、わが富岡組も追浜組の仲間です。二つの町の市民が市の境界線を越え同じ目的で腕を組みました。こちらの方もどうかご支援をお願いいたします。
ピックアップ
意見広告・議会報告
金沢区・磯子区 ローカルニュースの新着記事
コラム
金沢区・磯子区編集室
045-227-5050
045-227-5051
- LINE・メール版 タウンニュース読者限定
毎月計30名様に
Amazonギフトカード
プレゼント! -

あなたの街の話題のニュースや
お得な情報などを、LINEやメールで
無料でお届けします。
通知で見逃しも防げて便利です!












