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本牧 気まぐれ歴史散歩 31 文豪たちゆかりの坂 ワシン坂

掲載号:2020年1月9日号

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「鷲見坂」と書かれた電柱のプレート
「鷲見坂」と書かれた電柱のプレート

 港の見える丘公園から本牧方面へ向かうと、小港町へと下っていく坂があります。皆様ご存知のワシン坂です。谷崎潤一郎が元町にある大正活映の映画スタジオから本牧宮原の自宅へ帰るとき、芥川龍之介がゲーテ座で芝居を観てから親友・原善一郎が住む三渓園を訪ねるとき、中島敦が元町の学校で教鞭をとったあと本郷町の自宅へ帰るとき、それら文豪が眼下に広がる当時の美しい海を眺めながら下っていった(かもしれない…)坂です。間門園で執筆していた山本周五郎が日課の散歩でときどき訪れていた坂でもあります。ワシン坂は大佛次郎記念館や神奈川近代文学館へと続く、今も文豪たちゆかりの坂です。

 この坂の名前の由来は、日米和親条約説や、清水が湧いているから「湧き清水」という説、外国人ワシンさんが住んでいたという説、鷲見坂からワシン坂へ変化した説など、諸説があります。ところで、電柱には今も電話線などのプレートに昔の地名が使われているものがあり、そこからかつての地形や風景など連想することができます。ワシン坂の電柱にも「鷲見坂」と書かれたプレートが残されています。これが当初の名前の由来か否かは定かではありませんし、このプレートをご存知の方も多いと思いますが、ご存知無い方は電柱の上の方にあるプレートを探してみると面白いです。

 私も海を眺めながら、このまま山手の丘からワシン坂を下っていきたいと思います。(文・横浜市八聖殿館長 相澤竜次)
 

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