戻る

南区 コラム

公開日:2018.06.14

〈連載〉さすらいヨコハマ㉝
映画と横浜のホテル
大衆文化評論家 指田 文夫

 幕末の開港には、西洋風のホテルがあった横浜だが、戦後の1960年代後半まで、シティ・ホテルは、横浜駅西口の「横浜東急ホテル」、山下町の「ホテルニュー・グランド」と「シルク・ホテル」、さらに磯子駅の上の「磯子プリンス・ホテル」だった。現在のように、みなとみらいをはじめ、横浜駅東西、新横浜、さらに関内など、多くの地区にホテルがあるのとは大きく事情が異なっていた。



 その中で、映画に多く出てくるのは、ホテル・ニューグランドで、石原裕次郎と浅丘ルリ子の『赤いハンカチ』(1964年)では外観と内部の様子も見える。



 小椋佳の「少しは私に愛をください」が歌われる映画『初めての愛』(72年)では、岡田祐介(東映会長)の相手役・島田陽子がホテルの受付を演じている。また、『ニッポン無責任時代』(62年)で植木等が社長になり、披露のガーデン・パーティは、磯子プリンス・ホテルの広い庭で、眼下に埋立て前の根岸湾が広がっている。



(文中敬称略)

 

    ピックアップ

    すべて見る

    意見広告・議会報告

    すべて見る

    南区 コラムの新着記事

    南区 コラムの記事を検索

    コラム

    コラム一覧

    求人特集

    • LINE
    • X
    • Facebook
    • youtube
    • RSS