高津区版 掲載号:2020年2月14日号 エリアトップへ

郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる まちのこぼれ話 第9話 その1 斉藤 マキ子さん

掲載号:2020年2月14日号

  • LINE
  • hatena

◆子どもの頃のこと

 私が育ったのは長尾です。地区分割があり、今は神木本町になっていますが、実家は今もそこにあります。実家は農家で、私は7人兄弟の一番上、長女です。小学校は6年間向丘小学校(入学時は「向丘尋常高等小学校」、昭和16年に「川崎市向丘国民学校」に改名)に通いました。小学校時代、1、2年生くらいまでは学校にも着物で通っていました。あと、式典があると袴を着ていました。農家は物々交換ができたんです。品物をもらって野菜などと交換するんです。小学校では女の子は体操の時間で薙刀を習っていました。戦前は、ふつうに農家の子は真っ黒になって遊んだり、上の方から流れてくる湧き水が、庭の端のところに池になり、男の子はそこでザリガニをとって遊んでいました。

◆女学生時代は戦争中

 小学校卒業後、今の高津高校、当時は今の高津小学校の隣にありましたが、そこに入学しました。歩くと40分以上かかる距離なので、モンペをはき、防空頭巾をかぶり、自転車で通いました。入学したときは「高津高等女学校」でした。昭和18年には軍の兵隊さんが入り、翌年、末長に校舎が移転したんです。私達も机や椅子を持って坂道を上り、教室のものを手で運びました。夏の暑い季節でした。校舎があった辺りは、薬医門公園脇の山道をずっと上がったところ。昔はもっと汚い道でした。
 

高津区版のコラム最新6

まちのこぼれ話

郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

まちのこぼれ話

第9話 その2 斉藤 マキ子さん

2月21日号

まちのこぼれ話

郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

まちのこぼれ話

第9話 その1 斉藤 マキ子さん

2月7日号

まちのこぼれ話

郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

まちのこぼれ話

第8話 その4 大竹 寿一(ひさいち)さん

2月7日号

区長かわら版

区長かわら版

このコーナーでは区長が公務の中で感じたことなどを自由に綴ってもらいます。

1月31日号

まちのこぼれ話

郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

まちのこぼれ話

第8話 その3 大竹 寿一(ひさいち)さん

1月31日号

まちのこぼれ話

郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

まちのこぼれ話

第8話 その2 大竹 寿一(ひさいち)さん

1月24日号

意見広告・議会報告政治の村

あっとほーむデスク

  • 5月24日0:00更新

  • 2月8日0:00更新

  • 8月10日0:00更新

高津区版のあっとほーむデスク一覧へ

最近よく読まれている記事

コラム一覧へ

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第9話 その2 斉藤 マキ子さん

    2月21日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第9話 その1 斉藤 マキ子さん

    2月14日号

高津区版のコラム一覧へ

バックナンバー最新号:2020年2月21日号

お問い合わせ

外部リンク