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八王子 文化

公開日:2022.03.31

八王子車人形後援会
市の共有財産に
副会長増田禎司

  • 1月、石森孝志市長(左から2人目)に報告へ訪れた際の様子。左端が後援会の増田さん、右端が小俣武夫さん、右から2人目が西川古柳5代目家元

  • 副会長の増田さん

  • 後援会の会報(増田さん提供)。記念の第1号

昭和60年発足

 八王子車人形後援会は昭和60年(1985)10月12日、西川古柳座稽古場(下恩方町)のこけら落としを機に発足しました。

 初代会長には以前より車人形に特別な理解を持たれていた元市長、後藤聰一氏が就任。現在会長である大本山高尾山薬王院貫首の佐藤秀仁氏は5代目となります。

 後援会の活動は役員の承認を得て諸々行事の実施、家元や座員育成の援助、または家元の要請に応じて公演協力をする、などです。また、会員同士の交流を深める親睦旅行もあり、新型コロナが流行するまで毎年行われ、過去には出雲大社奉納公演に大人数で参加したこともありました。

 これらの活動は何より家元との密な情報交換等の意思疎通がしっかりしていたからであり、先代(4代目)が「柳峰」を襲名されたのちも後援会を大事にしてくれていたことは嬉しい限りです。

 さて、後援会の諸氏が車人形の国の重要無形民俗文化財指定を意識し始めたのは、平成に入り様々な賞を受賞するようになったことが大きいです。

 平成元年(89)に文部大臣文化功労章、平成6年(94)に芸術祭賞、民族衣装伝統文化賞、平成8年(96)に伝統文化ポーラ特賞(八王子車人形の伝承と普及)などです。そして同年、国記録選択無形民俗文化財の指定を受け、会員皆が「今日ある姿」を夢に描くようになりました。

家元芸風に変化

 不思議なもので、賞をいただく度に少しずつ家元の芸風が変わっていった気がします。扱う人形の立ち姿の美しさ、女形のしぐさの色気、そして無駄のない動きなど、まるで歌舞伎役者が襲名する度にその大名題に相応しい役者に変わっていくのと同じようです。それは、いただいた賞が大きければ大きいほど、その名に恥じない芸風に励むようになるからでしょう。そう考えるとこれからの車人形はますます楽しみで目が離せないものになると思います。

 車人形は今回の国重要無形民俗文化財の指定により我々個人の支える範囲を超え、市全体の共有財産となったと思います。今後の後援会のあり方についても、ここで再考をする時期なのではないかとも思っています。

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