八王子 ―連載小説・松姫 夕映えの記―コラム
公開日:2025.12.11
―連載小説・松姫 夕映えの記―
第3回 作者/前野 博
(前回からのつづき)
尼僧は武田信玄の五女松姫であった。今は仏門に入り、法名を信松尼といい、今年二十九歳になる。紫の頭巾で覆われているが、剃髪はせずに黒髪が肩の辺りで切り揃えられていた。その美しさは隠しようもなく、漂う悲しみの影が更に優雅さを深くしていた。
今まで信松尼達が住んでいた心源院は八王子城の搦め手の要塞として使用されることになった。豊臣軍の進撃が間近に迫って来た。戦火に巻き込まれないよう安心して暮らせる場所を、お梅の夫・栄吉が見つけて来てくれた。ようやく引っ越しの準備が整い、今日が信松尼達の出発の日となった。
「何事も起こらなければいいですが、そういう訳には行かないでしょう。おキミのためにも命を大切にしてください。栄吉には本当に世話になりました。栄吉のことゆえ心配はないと思いますが、戦が終わり互いに元気に再会できる日が早く来ることを祈っております」
信松尼はお梅に向かって手を合わせ無事を祈った。
「ありがとうございます。
これから信松尼様達が向かわれる御所水はここから一里半ぐらいの所にあります。その地のことは善吉が良く知っています。清水の湧き出る池の畔の落ち着いた良い所だと聞いています。わたし達のことはご心配なく、必ず皆さんに会いに行きますから」
御所水は小高い台地が続く、多摩の横山の中でも住む人の少ない静かな場所であった。こんこんと清水が涌き出し、小さな池をつくっていた。そこは谷間というより小高い丘の中腹であり、名前の由来が高所から湧き出る水からきていると想像できた。誰か高貴な人が住んでいたという話は伝わっていなかった。各地に高清水という地名は多いが、それは清水の湧き出る高地であることを意味していた。
〈続〉
◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「松姫 夕映えの記」を不定期連載しています。
ピックアップ
意見広告・議会報告
八王子 コラムの新着記事
コラム
求人特集
- LINE・メール版 タウンニュース読者限定
毎月計30名様に
Amazonギフトカード
プレゼント! -

あなたの街の話題のニュースや
お得な情報などを、LINEやメールで
無料でお届けします。
通知で見逃しも防げて便利です!











