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八王子 ―連載小説・松姫 夕映えの記―コラム

公開日:2025.11.13

―連載小説・松姫 夕映えの記―
第2回 作者/前野 博

 (前回からのつづき)

 「お梅さんや、坂の頂上にようやく見えたぞ、あれがそうに違いない!」

 横山口の木戸も敵襲に備えて補強され、物見の櫓も新たに造られていた。櫓の上にいるのはやはり城下で商いをしている漆器屋の主人であった。

 少しの間にお梅にも坂道を下り始めた一団の姿を見ることができた。小さな姿が次第に大きくなってはっきりとしてきた。

 「おキミ、信松尼様達がやって来ましたよ」

 お梅は大きな風呂敷包みを抱え、傍に鍛冶屋の夫・栄吉の作った二本の鍬を立て掛けていた。おキミは小さな包みを肩にかけていた。

 「貞姫様、香具姫様、督姫様は?」

 「いるわよ、こっちを見て手を振っているわよ」

 お梅が言うと、おキミが木戸前に飛び出して行った。おキミに気づいた三人の姫君が駆け出して来た。たくさんの荷物を載せた荷車を引くのはおキミの兄の善吉、後ろから押すのは石黒八兵衛に中村新三郎であった。その後ろを信松尼が進み、竹阿弥にお里と二人の侍女が荷物を背負い従っていた。

 「信松尼様、おキミのことよろしくお願い致します」

 お梅は信松尼に深々と頭を下げた。

 「お梅や、心配は要りませんよ。兄の善吉も姫君達もいますし、おキミは誰からも好かれて可愛がられていますからね。それよりあなた達のことが気がかりですね。豊臣の北国軍の八王子城攻撃も近いと思いますよ。何といっても敵は大軍です」

 「大丈夫です、何とかなります。うちの旦那・栄吉がついていますから、敵が攻めてきても上手に逃げますよ。北国軍は無理な戦いはしないと聞いています。この八王子城の堅固な備えを見たら攻めては来ないのではないですかね」

 お梅はそう言って笑ったが、本心はどうなのだろうかと信松尼は益々心配になった。  〈続〉

◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「松姫 夕映えの記」を不定期連載しています。

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