神奈川県全域・東京多摩地域の地域情報紙

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被災者が語る あの日とその後VOL.1防災講演会より

公開:2012年2月3日

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高橋善夫さん宮城県名取市美田園第一仮設住宅自治会長および下増田本村下行政区長
高橋善夫さん宮城県名取市美田園第一仮設住宅自治会長および下増田本村下行政区長

地震で得た教訓

 大きな地震と津波が名取市を襲いました。この体験で感じたのは、そうした地震が起きたら「その場からすぐに逃げる」「家族ばらばらに避難する」。決して家族と行動を共にしようとせず、常に「家族でどこに逃げるかを決めておく」ということです。

防災訓練のきっかけ

 私たちが防災訓練を始めたきっかけは平成7年、あるご婦人の一言であります。

 町が新しい港の建設の説明をしたところ「海の砂をとるのですか」との質問が。聞けばこのご婦人は以前、大雨で床上浸水の経験があり、砂をとる事で津波が来る心配をしたのです。それを聞き我々は、「自分の命は自分で守ろう」と訓練を始めました。当時は「30年以内に70%の確率で津波が来る」と報道があり、毎年、毎年その確立は高くなり、一昨年の防災訓練では90数%まで上がっていた。私たちは津波や防災の先進地区である南三陸町で勉強をしてきました。

行政に6つの要望

 そして平成8年には行政に6つの要望をしました。

 【1】「防災標識の設置」【2】「避難経路標識の設置」【3】「緊急避難橋の設置」【4】「強固な避難建物の設置」【5】「防災資材・物置の設置」、【6】「防災無線の全戸配布」です。最初に防災標識が設置され、次いで避難経路の標識、防災助成金が名取市より、平成13年には名取市の防災研修会に参加、平成17年には4カ月かけて町内を精査し、防災マップを作成して全戸配布しました。家族全員が見えるところにマップを貼り、自分の家からどこを通って逃げるかを話し合うように指導しました。当日、設置して頂いた防災無線は残念ながら全く作動しませんでした。長年にわたって自分の命は自分で守るとやってきたがそれをあざ笑うかのように巨大津波が閖上(ゆりあげ)を襲いました。3月11日は私たちにとって忘れられない日になりました。巨大地震と巨大津波は閖上を14秒で通過。長年にわたって築いてきた財産、家族を一瞬にして奪い去ってしまいました。民生委員、町内会役員、消防団員、数多くの人材も亡くなりました。我が家も母、姉、家内、次男の4人が犠牲になりました。これが自然の恐ろしさであり、誰も恨むことは出来ません。命というやつはあっけなく簡単に失われる場合もあるものです。しかしそんな悲惨なむごたらしい目に会っても生き残る運命のある人は逃れることができました。その経験が新しく生きる力になるかはこれからです。

なぜこんなに犠牲者が

 今回の津波で大勢の人が亡くなったのには3点の理由があると考えます。

 「閖上には津波はこない。来てもちょろちょろ」と聞いていた。いままで閖上に到達した津波は三陸沖津波で、高さは10尺でございます。そう記念碑に刻まれています。そしてチリ地震。「5メートルの高さの津波が来る」といわれ避難するも、結果潮位は50センチ、その記憶が避難を遅らせたと思います。

 3つ目はテレビ、ラジオが停電で使えなくなり、せっかく設置した避難無線が全く作動せず避難指示が無かったことです。

 それでは3月11日から今まで私がどのような活動をしてきたかお話します。

3・11から今日まで

 午後2時46分、ゴーという音と共に今まで体験したことのない大きな地震。1分を超える縦揺れ、横揺れで立っていられないほどでした。私は2階の踊り場にいて、柱につかまって揺れが収まるのを待ちました。家具は倒れ足の踏み場がなくなりました。母はベッドに寝ているのが見え、姉も自分の部屋で小さくなっていましたが、怪我はありませんでした。ほどなくして家内が戻ってきたので外に出ると地割れ、液状化が起こっていました。テレビは停電、防災無線・ラジオも聞こえなかったので、5、6回ラジオのスイッチを入れ直したが全く動きませんでした。そして家内に母と姉を閖上公民館に避難するよう指示、隣の方と避難所に向かいました。外に出てみると20メートルはあろうブロック塀が倒れ、ストップの標識をなぎ倒していました。消防団員が大声で「津波が来るぞ、すぐ逃げろ」と怒鳴り声で叫んでいました。時間がないので隣り近所にすぐ避難するよう指示しようとすると、どうしたらよいか考える人が多かったので、すぐ逃げるよう指示しました。30分たったころ、私も公民館へ避難をしました。公民館で家内を探したが見つかりませんでした。外を見ると2階建ての家のさらにもう1個2階建てを足したほどの津波が大きな壁となってこちらに来るのが見えました。歩けなくなった女性を5、6人で公民館の2階へ運ぶ途中で津波が入ってきました。2階の窓からは船や家屋が流されるのが見えました。余震が続く中、津波の第2、3波の心配があったが避難してきた人に集まってもらい地区名、氏名、性別、年齢をダンボールにチョークで自己申告してもらいました。避難者は35名。犬を連れた人は大広間へ、そのほかは畳のある部屋で休んでもらうことにし、避難者の中から世話人を決めました。世話人は、私のほか消防団長らに決まりました。足が濡れると体温が下がるのでまず大広間から水をかき出すことにしました。私が作業を始めると中学生が手伝ってくれました。  【次回につづく】
 

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