横須賀・三浦 コラム
公開日:2023.12.22
"海の隼"をあるく
〜按針が見たニッポン〜33 伊東編(1)作・藤野浩章
「それは・・・、お心のままに」(第五章)
◇
按針が日本で悪戦苦闘していた短い間にも、世界は激しく動いていた。中でも彼にとって最大の驚きは、ポルトガルの支配下だったパタニ(現タイ南部)がオランダ領になっていたこと。幕府はいよいよオランダとの交易に本気になり、すでに平戸藩の松浦(まつら)鎮信(しげのぶ)が大船(おおぶね)の建造を始めていた。
念願の交易開始が目前に迫る中で、按針は新たな船の建造を直談判する。今後オランダとの交易拠点が浦賀になれば、平戸からの大船の航路を測量しておかないといけない、というのだ。
しかしこれを、ライバルであるポルトガルの宣教師たちが聞けば「按針が日本から逃げ出すに違いないと言うはずだが?」と鎌(かま)を掛けた家康に答えたのが、冒頭の言葉だ。2人にとってお互いに欠かすことのできない、すでにある種の運命共同体になっていることを端的に表すやり取りだろう。「食えぬ奴め」と言いながら、家康は按針の船造りを全面支援する。
JR伊東駅から商店街を抜け、海の方向へ15分ほど歩くと、松川の河口にたどり着く。ここが、按針が取り組んだ日本初の西洋式帆船建造の現場だ。彼は当初、腕利きの船大工が多い浦賀を想定していたが、伊東は良質なヒノキを産出する天城山を控え、かつて伊東水軍が存在して船大工も多い。ここには船造りに必要な「海、砂浜、川、山、職人」の5つがすべて揃っていたのである。
そしてもう1つ、按針がこよなく愛したものがあった。取りも直さず、豊富に沸く温泉である。
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