"海の隼"をあるく 〜按針が見たニッポン〜42 平戸編(3)作・藤野浩章
「いよいよか・・・」(第十章)
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1614年、平戸に滞在していた按針に、家康による新式大砲10門の輸入依頼が届く。按針は、ついに家康が大坂城攻めに舵を切ったと察した。
この間の家康の動きは激しかった。全国の金銀鉱山を直轄にしつつ、スペインの持つ最新の鉱山技術を研究。このめどが立つ頃にはついに全国的な禁教令を発し、旧教国を徹底して弾圧することになった。財政を盤石にし、なおかつ西国大名に浸透しつつあったキリスト教を取り締まることで、豊臣方の勢力を削いでいったのだ。
これには平戸藩も例外ではなかった。幕府は松浦(まつら)氏に謀反(むほん)の嫌疑をかけ、これに驚愕(がく)した松浦鎮信(しげのぶ)は、何と平戸城に自ら火を放って詫びを入れたのだった。
こうして旧教国は手足を縛られ、代わってオランダ、イギリスの新教国が重要視されるようになる。これは当初から按針が目指していたことだったから、ついに念願を果たしたことになったわけだ。
しかしこの頃から、彼の運命は大きく傾いていったように思えてならない。伊東のお気に入りの温泉地で暗殺されかける場面も登場するなど、大きな運命のいたずらが彼をもてあそんでいくのだ。
そんな時、「気の毒だが、君の奥さんは・・・」とイギリス商館のセーリスから聞かされたのは、母国に残してきた妻・メアリーがすでに10年前に再婚していた、という知らせだった。
日本へ漂着して14年。張り詰めていた気持ちは、徐々に行き場を失っていた。
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