"海の隼"をあるく 〜按針が見たニッポン〜47 江戸編(5)作・藤野浩章
「え!?大御所さまが...」(第十一章)
◇
シャムから平戸へ戻ってきた按針は、ついに家康が亡くなったことを聞かされる。そして平戸城で松浦隆信(まつらたかのぶ)から家康最期の様子を聞く。
「ところで按針、大御所さまがどれほどの財産を蓄えていたと思う」──本書ではその膨大な財産が会話に出てくるが、中でも"シャボン"(石けん)が千個以上あったというのが面白い。「国中の富という富を一人占めしよって」と隆信は苦々しく言い放つが、按針は「家康ほど人々の恨みをかった極悪人がいただろうか」としながらも、同時に「無理難題を吹きかけられるたびに能力の限界に挑み、成長させてくれた」存在であると振り返っている。それをこの後の世界でどう活かすか、が問題だった。
1616年夏、江戸城で秀忠と対面した按針は、ついに家康ではなく秀忠の花押(かおう)がある朱印状を受け取る。ただし、だいぶ待たされた後のことだ。
家康亡き後の世界で、ついに独立して貿易を行える――自ら造った海隼(かいしゅん)丸に乗って意気揚々と浦賀へ向かう按針。"第3の人生"の始まりとも言える晴れの凱旋(がいせん)だった。逸見(へみ)ではゆきと久しぶりの再会を果たし、宴も催されたのだった。
ところが、である。
朱印状を一読した三浦浄心(じょうしん)が思わぬ事を口にする。"もう浦賀や江戸湾ではイギリス船は見られないのか"というのだ。
「まさか」──彼は翌朝慌てて江戸に戻ることになったが、これが逸見の里との永遠の別れになるとは、誰にも分からなかった。
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