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三浦版 公開:2017年1月13日 エリアトップへ

三浦の散歩道 〈第122回〉 みうら観光ボランティアガイド協会

公開:2017年1月13日

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和田の谷戸頭地区の庚申塔群
和田の谷戸頭地区の庚申塔群

 「天王社」(八雲神社)の祭神は、「素盞鳴尊(すさのおのみこと)(須佐之男命)」です。天照大神の弟で、粗野な性格から天石屋戸の事件を起こしたりしたが、後ちに出雲国で八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した神でもあります。この荒い性格の神として、逆に災(わざわ)いを祓(はら)ってくれる強く頼もしい神としての信仰を生んでいます。さらに、もと、インドの祇園精舎の守護神である「牛頭(ごず)天王(てんのう)」とも習合して「牛頭天王社」ともよばれています。

 『三浦郡神社由緒記』によりますと、貞享四(1687)年九月、当村の藤原朝臣大井甚五左衛門勧請と伝えられています。なお、和田の字(あざ)で内田という所にも、文化十五(1818)年に芹澤九郎左衛門の勧請になる「八雲神社」があったようです。二社とも、現在、御神体は「神明白旗神社」に合祀されています。

 また、この境内地に「紀念塚」(記念碑に同じ)と記された石碑があります。『初声の歴史探訪記』の中では「入江改修記念碑」として書かれています。しかし、「 、田を耕(たがや)す者は必ず水を資(もとと)すなり」で始まる碑文を読んでみると、和田の里に流れる荘司川(庄司川)が旱(ひでり)にあって涸(かれ)れることが文政元(1818)年、明治十九(1886)年、さらに明治二十七(1894)年にも旱をうけ、村の井や溝もなく、荘司川も枯渇し、水田の苗も枯れるなどしたので、有志が相談して井戸を掘ることにしたというのです。碑の裏面に、当時、初声村の初代村長の河田周蔵氏外有志中とあり、井鑿(せいさく)工、平野半之助、平野寅吉の名が刻されていて、千葉県上総国君津郡吉野村の住人である旨が記されています。まさに「上総(かずさ)掘(ぼ)り」が用いられたのでしょう。碑は明治三十年に建てられたものです。その井戸は何処にあるのか、筆子には不明です。

 「天王社」の前の道を右へと進んで、坂を上がって降(くだ)っての途中、左へ曲がると長井方面、直進は赤羽根へと向かうところを、右への坂を上がった所、「谷戸頭」と言う字名であろうか。国道に面したマンションのうらてになる、やゝ幅広い道の側面に十二基の庚申塔群が見られます。いちばん古い塔で、延宝九(1681)年の「青面金剛像」や元禄六(1693)年の年号が刻まれた塔などです。恐らく、「和田」の西側地区にあった塔を集合させたものでしょう。

 少し戻って、北側の細い道をたどって行くと、国道一三四号線に出ます。右に折れて菓子店の前を過ぎ、「和田」のバス停に至る道の人家の手前に少し小高くなって、平らな処に、石仏が見られます。そこに「安楽寺」があったのではないかと言われています。「殿屋敷」から見ると丑寅(北東)の方位にあたります。

(つづく)
 

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