東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜 文・日下部順治その10 知られざる歴史の舞台
臨海実験所の建物群のうち、現在利用が中止されている元水族館棟と本館。国際的な交流機関であり、日本の動物学発生の地を象徴する二棟が、このまま取り壊しを待つだけというのは誠に残念なことです。経年劣化により建物としての使命を終えるのはやむなしとしても、油壺湾に面する本館の重厚で佳麗とも見える景観は、保存されるべきと強く望むところです。そこでもう一度、本施設の名誉ある歴史と、この地におけるポジションなどを一冊の本「三崎臨海実験所を去来した人たち―日本における動物学の誕生」(磯野直秀著)から振り返ってみます。
著者の磯野氏は団勝磨の都立大時代の弟子で、動物学者でした。実験所の歴史に関わる詳細な資料を集約し、9年がかりで上梓された労作であり、大変参考になる賞すべき力作です。登場する関係者もいきいきと描かれています。昭和63(1988)年発行で少し時点は古いですが、この本の「はじめに」にある文意は、現時点においても、この施設の全体像を良く表しています。ここにそのまま引用します。
『三浦半島の南端近くに位置する油壺は、関東地方に育った人の多くが子供の頃に一度は遠足で訪れた思い出をもつ場所だが、その油壺湾に面して、東京大学の三崎臨海実験所がある。さほど大きくはない二階建の建物だが、煉瓦色の落ち着いたたたずまいは、樹々の深い緑に囲まれた静かな油壺湾にふさわしい。こう記せば、その姿を思い出す人もあるだろう。
だが、この三崎臨海実験所、正式には東京大学理学部附属臨海実験所が、日本はもとより、東洋で最初の本格的な臨海実験所である、世界でも有数の歴史をもつことは、あまり知られていない。まして、ここが日本の動物学発祥の地であることを知る人はさらに少ない。明治の昔、この実験所を拠点として先人たちが行った数々の調査により、相模湾が世界有数の海産動物の宝庫であることが明らかにされ、その研究が土台となって日本の動物学が一人立ちしたのである。』
同著は現在絶版になり、出版社も存在しませんが、横須賀・三浦市両図書館に備え付けがありますので、関心のある方はご一読なさることをおすすめします。(つづく)
|
|
|
|
|
|