三浦版 掲載号:2018年8月24日号 エリアトップへ

連載 第22回「房総の山を眺める」 三浦の咄(はなし)いろいろ みうら観光ボランティアガイド 田中健介

掲載号:2018年8月24日号

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松輪大浦の海から富山(とみさん)を望見
松輪大浦の海から富山(とみさん)を望見

 前回に書いた「二つの岩」について「夫婦岩(めおといわ)」と呼ばれる悲話があるのです。

 昔、この岩の近くに与作という漁師が住んでいて、三年に一回の夏祭りの頃に紀州(和歌山県)から「あめ売り」にやって来る「おまん」という少女を見そめて、浜で結婚の約束をします。それは、三年後、父母と共に剣崎の地へ来ることでした。ところが、剣崎へ来る予定の「おまん」を乗せた舟が遠州灘で、荒波のため遭難してしまいました。それから何カ月かたった粉雪が舞う頃、剣崎におまんの死が風のたよりに知らされます。しかし、それ以前に働き過ぎが原因か、体が衰えた与作は「おまん」の名を呼んで海に身を投じてしまったのです。二人の悲しい出来ごとに村人たちは丘の一つに与作の死体を、もうひとつの丘に「おまん」の残した髪の毛を埋めて、「夫婦(めおと)岩」と呼んで縁むすびをさせ、弔ったというのです。その丘が、剣崎灯台の下の右側の大きな岩山と左側のやゝ小さい岩山が「夫婦(めおと)岩」であるというのです。(以上、『三浦半島の民話と伝説』菊池幸彦著)によるものです。

 また、幸田露伴の『洗心録』のうちに「剣崎沖の風」という作品があります。

 「三崎に在りしも既(すで)に四日なり、八丈島を便宜(べんぎ)よくば見て置かんと、心待ちに待ちし船は来らず、今は二十年(はたとせ)余りも見ぬ房州の浦めぐりしてなりと帰らんと、勘定(かんじょう)を命じ、諸払ひを済(す)ますにおもひのほか廉(れん)なり。三崎より房州加地山へ海上五里(約十九・六Km)、風よく日和(ひより)好ければ、幾時間も費(つひや)さずして到るべし。(中略)やがて船頭たり、船よそひ成り、相棒も出来たりといふ。(中略)二挺櫓のえい〳〵声、勇ましからぬにもあらず、やがて、海南、花暮、中崎、入船、日の出を過ぎ、城ヶ島の遊ヶ崎、老松の海にさし出でたるがありしといふ岬を過ぐれば、左に三崎の地つづき八景原などを見、右に涯(かぎ)り無き南海を受けて、真東に走る。安房(あわ)上総(かずさ)の山々、神野山(かのうざん)(鹿野山)は左にゆるくなびき、鋸(のこぎり)山は前に巍々(ぎぎ)(註=高大なさま)として立つ。鋸山の右に双峰馬耳の如きは二子(ふたご)山といふ。(双峰の山を二上山、二子山と呼ぶは、吾邦(わがくに)のならひ也。とみ山といふも亦(また)双峰の山を言ふうか。考ふべし。)八犬伝の富山(とみやま)のまことの称は『とみさん』にして、けだし此の二子山なりと漁夫の教へ呉(く)れたるものか。非か。」(後略)とあります。

 露伴は、三崎の街に宿泊して、剣崎沖を「館山市」方面に向かったのでしょうか。現在でも松輪の大浦海岸から「富山(とみさん)」や「鋸山」などがよく眺められます。

(つづく)
 

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