鎌倉のとっておき 〈第97回〉 鎌倉の民謡あれこれ
日本の民謡、例えば「ソーラン節」は、北海道のニシン漁でニシンを網からすくったり運んだりする際に歌われた「仕事唄」だが、こうした仕事と結びついた唄は、ここ鎌倉にも残っている。
はじめに「鎌倉木遣唄」。この唄は、神社仏閣の造営などで大木や巨石を運ぶ際、多くの人々がその心と力を一つに合わせるため、かけ声とともに歌われたもの。今は、正月4日に鶴岡八幡宮の「手斧始(ちょうなはじめ)式」で、ご神木が二の鳥居から舞殿まで運ばれる際、「鎌倉のナー、御所の祝いに庄屋さんの娘が酌に出た」などと、鳶職の皆さんがその心意気とともに高らかに歌い上げている。
次に「鎌倉天王唄」。この唄は、源頼朝による鶴岡八幡宮の造営・再建時、材木座海岸に荷揚げされた木材を八幡宮の境内へと運ぶ際に勇ましく歌われたものだという。
毎年7月、大町の「八雲神社例祭」では、町衆が神輿を担ぎながらこの唄を歌い、町内を練り歩く。歌詞には、「障子あければ大島ひと目、なぜに江ノ島松のかげ」といった一節もある。
他にも、踊りや芝居などを見せながら飴を売った飴売りの「飴屋踊り唄」。三浦方面から伝わった唄で、「粉の箱担いで西の方から東の方へ、ぐるりと回って売らずばなるまいネ」といった一節もある。
古(いにしえ)の「仕事唄」も歌い継がれる古都鎌倉。人々の元気な歌声が今も響く、活気にあふれるまちである。
石塚裕之
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