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鎌倉のとっておきの記事一覧

  • すべての道は

    鎌倉のとっておき 〈第119回〉

    すべての道は"鎌倉"に通ず(足立氏)

     源頼朝亡き後、幕府の運営を合議して決めていた宿老13人の中に足立遠元(とおもと)がいた。  遠元は、頼朝の父、源義朝から実朝...(続きを読む)

    9月3日号

  • 鎌倉武士の鑑(かがみ)、畠山重忠

    鎌倉のとっておき 〈第118回〉

    鎌倉武士の鑑(かがみ)、畠山重忠

     源頼朝を支えた武士に畠山重忠がいた。重忠は、頼朝が平家打倒で挙兵した際には平家方だったが、頼朝が石橋山(小田原市)の戦いで敗れて安房へ逃れた後、巻き...(続きを読む)

    8月27日号

  • 鎌倉の音を訪ねて

    鎌倉のとっておき 〈第117回〉

    鎌倉の音を訪ねて

     鎌倉では、春は鶯(うぐいす)のさえずり、夏は蝉時雨(しぐれ)、そして日々時を告げる鐘など様々な音(声)が聞こえてくるが、ここに暮らした文人たちは、自...(続きを読む)

    8月20日号

  • 武士の魂、鎌倉に宿る

    鎌倉のとっておき 〈第116回〉

    武士の魂、鎌倉に宿る

     刀(剣)といえば、天皇家に伝わる「三種の神器(じんぎ)」の中の「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」がよく知られるが、「武士の魂」といわれた日本刀の名刀「正...(続きを読む)

    7月23日号

  • 鎌倉と御家人〜山内首藤氏〜

    鎌倉のとっておき 〈第115回〉

    鎌倉と御家人〜山内首藤氏〜

     源頼朝が鎌倉に本格的な武家政権を樹立すると、鎌倉には多くの御家人達が集まり、鎌倉幕府に奉公するようになっていった。  今回取...(続きを読む)

    7月16日号

  • 頼朝の幼なじみ、東奔西走する!(中原氏)

    鎌倉のとっておき 〈第114回〉

    頼朝の幼なじみ、東奔西走する!(中原氏)

     源頼朝亡き後、幕府の運営を合議して決めていた宿老13人の中に中原親(ちか)能(よし)がいた。  親能は、明法道(みょう...(続きを読む)

    7月2日号

  • 源頼朝とは兄弟だった?(八田氏)

    鎌倉のとっておき 〈第113回〉

    源頼朝とは兄弟だった?(八田氏)

     源頼朝亡き後、幕府の運営を合議して決めていた宿老13人の中に八田(はった)知家(ともいえ)がいた。  知家は、1156年朝廷...(続きを読む)

    6月25日号

  • 鎌倉と荘園〜山内荘(やまのうちのしょう)〜

    鎌倉のとっておき 〈第112回〉

    鎌倉と荘園〜山内荘(やまのうちのしょう)〜

     紫陽花が見頃を迎えた北鎌倉。かつてこの地は山内荘という荘園が広がっていた。山内荘は平安時代に立荘され、山内首藤氏という一族が管理していた。...(続きを読む)

    6月18日号

  • 早春に芽吹く紫陽花

    鎌倉のとっておき 〈第111回〉

    早春に芽吹く紫陽花

     鎌倉の6月と言えば、紫陽花の花です。北鎌倉駅近くの明月院、東慶寺など寺社の境内はもとより、鎌倉のここ彼処で育てられている紫陽花が6月になると一斉に花...(続きを読む)

    6月4日号

  • 頼朝挙兵の陰には?(三善氏)

    鎌倉のとっておき 〈第110回〉

    頼朝挙兵の陰には?(三善氏)

     源頼朝亡き後、幕府の運営を合議して決めていた宿老13人の中に三善康信がいた。  貴族出身で朝廷の官僚だった康信は、頼朝...(続きを読む)

    5月21日号

  • 鎌倉夏ごよみ〜水無月から〜

    鎌倉のとっておき 〈第108回〉

    鎌倉夏ごよみ〜水無月から〜

     鎌倉の夏は、海が主役とのイメージも強いが、街中(まちなか)では古(いにしえ)の人々の思いを今に伝える行事も数々行われている。...(続きを読む)

    5月7日号

  • 観音菩薩を訪ねて

    鎌倉のとっておき 〈第103回〉

    観音菩薩を訪ねて

     寺院の数も100を超える鎌倉では、様々な姿の仏様(像)に出会うことができる。  仏様は大きく分けて、如来、菩薩、天、明...(続きを読む)

    2月19日号

  • 踏切の傍らにひっそりと

    鎌倉のとっておき 〈第102回〉

    踏切の傍らにひっそりと

     江ノ電由比ヶ浜駅を鎌倉方面に進んで2つ目の踏切の傍ら、観光客も気付かず通り過ぎでしまうほどひっそりとその句碑はあります。...(続きを読む)

    2月5日号

  • 鎌倉で舞い踊る

    鎌倉のとっておき 〈第101回〉

    鎌倉で舞い踊る

     鎌倉に縁(ゆかり)の舞といえば鎌倉期の「白拍子の舞」がある。この舞は、烏帽子姿の女性が太刀を差すなど男姿になって舞うものだが、その名手が源義経の愛妾...(続きを読む)

    1月29日号

  • 源氏の御曹司(おんぞうし)に仕えて

    鎌倉のとっておき 〈第99回〉

    源氏の御曹司(おんぞうし)に仕えて

     源頼朝亡き後、鎌倉幕府の運営を合議して決めていた宿老13人の中に安達盛長がいた。盛長は、頼朝が罪人の子として伊豆に流された時からの側近だった。...(続きを読む)

    10月30日号

  • 日本の製紙産業への功績跡

    鎌倉のとっておき 〈第98回〉

    日本の製紙産業への功績跡

     鎌倉には、明治から昭和初期にかけ多くの洋館が建てられ、いわゆる別荘文化が花開きました。その1つ、江ノ電由比ヶ浜駅から海岸へ向かう住宅街にある「かいひ...(続きを読む)

    10月23日号

  • 鎌倉の民謡あれこれ

    鎌倉のとっておき 〈第97回〉

    鎌倉の民謡あれこれ

     日本の民謡、例えば「ソーラン節」は、北海道のニシン漁でニシンを網からすくったり運んだりする際に歌われた「仕事唄」だが、こうした仕事と結びついた唄は、...(続きを読む)

    10月16日号

  • 鎌倉と御家人〜相馬氏〜

    鎌倉のとっておき 〈第96回〉

    鎌倉と御家人〜相馬氏〜

     鎌倉駅西口から市役所方面に真っ直ぐ向かい、交差点を北へ進んだ寿福寺手前に八坂大神という神社がある。八坂大神は鎌倉時代初期の御家人、相馬師常が自邸の守...(続きを読む)

    10月9日号

  • 江ノ電の車窓から

    鎌倉のとっておき 〈第95回〉

    江ノ電の車窓から

     鎌倉から藤沢まで15の駅を結び、市民の日常を支え観光客にも大人気の江ノ電。 1902年、藤沢と片瀬(江ノ島)間が開通し...(続きを読む)

    9月18日号

  • 三浦半島の兵(つわもの)(三浦氏)

    鎌倉のとっておき 〈第94回〉

    三浦半島の兵(つわもの)(三浦氏)

     「三浦」の地名については、奈良期の歴史書『日本書紀』に既に「御浦(みうら)郡」との表記があり、後に「東、西、南の三方が海で、入り組んだ海岸(浦)で囲...(続きを読む)

    9月11日号

  • 「和田塚」に眠るのは...

    鎌倉のとっておき 〈第93回〉

    「和田塚」に眠るのは...

     鎌倉幕府には、その代表的な役所として、軍事面で武士(御家人)を統率する「侍所」、各種の事務手続きを行う「政所」、主に相続や領地争いの裁判を行う「問注...(続きを読む)

    9月4日号

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