鎌倉のとっておき 〈第117回〉 鎌倉の音を訪ねて
鎌倉では、春は鶯(うぐいす)のさえずり、夏は蝉時雨(しぐれ)、そして日々時を告げる鐘など様々な音(声)が聞こえてくるが、ここに暮らした文人たちは、自ら耳にした音をその作品の中にも残している。
まず、鎌倉中期の女流歌人、阿仏尼の紀行文『十六夜(いざよい)日記』。ここには「東(あずま)にて住む所は月影の谷(やつ)とぞいふなる。浦近き山もとにて風いと荒し。山寺の傍(かたわ)らなれば、のどかにすごくて、波の音、松風絶えず。」とあり、阿仏尼が住んだ極楽寺に近い谷戸で聞いた波音や、松の風音が記されている。
次に、明治から昭和期の俳人、高浜虚子。虚子には『波音の由比ヶ濱より初電車』という句がある。元旦の朝、波音のする由比ヶ浜の方から、「ガタン…ガタン」と江ノ電の一番電車が近づく音が聞こえてくる、そんな情景が目に浮かぶ。この句を詠んだ当時(1926年)の鎌倉では、由比ヶ浜の潮騒も街中(まちなか)まで聞こえてきたのだろう。
そして、昭和期のノーベル文学賞作家、川端康成の『山の音』。ここには「鎌倉のいわゆる谷(やと)の奥で、波が聞こえる夜もあるから、信吾は海の音かと疑ったが、やはり山の音だった。遠い風の音に似ているが、地鳴りとでもいう深い底力があった。」とある。これは康成が晩年を過ごした長谷の裏山から聞こえてきた音なのかもしれない。
海や山、そして江ノ電とが奏(かな)でる音。これこそ鎌倉とっておきのハーモニーではないだろうか。
石塚裕之
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