平塚版 掲載号:2018年3月8日号
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万田の神輿 誕生から200年? 芯柱に「文政」の文字発見

文化

愛宕神社で神輿を囲む土井氏(中央、茶色のジャケット)と愛神会メンバーら
愛宕神社で神輿を囲む土井氏(中央、茶色のジャケット)と愛神会メンバーら
 市内万田の愛宕神社にある神輿の芯柱に「文政元年(=1818年)」と記されていることを、神輿保存会の愛神会(吉川尚良会長)が発見した。神輿が今からちょうど200年前に造られた証拠になるのではないかと、4日に元平塚市博物館長の土井浩氏を境内に招き、文字を鑑定してもらった。

 同会は昨年11月、老朽化した神輿の点検をしていたところ、構造の中心を支える芯柱に「文政」の文字があることに気づき、仲間内で話題になった。愛神会の吉川会長は「文字が書かれていることは以前から認識していたが、気に留めていなかった。調べてみたら江戸時代の元号であると分かって驚いた」と振り返る。

 土井氏は4日、固唾を飲んで見守る同会や神社役員の前で、神輿の中に頭をもぐりこませて文字を確認。「干時文政元年戊寅六月吉祥日 相陽高座郡大庭之庄菱沼村 棟梁高橋儀右衛門」と書かれていることが分かった。江戸期に定着していた御家流の書体であることから、当時の筆跡であるのはほぼ間違いないという。

 土井氏は、書かれている内容について「文政元年に高橋儀右衛門という人物が菱沼村(現在の茅ケ崎市)のために神輿を造ったという意味だと考えられます。恐らくその後、菱沼村から万田に譲られたのではないか」と推測する。

 愛神会によると、地元では神輿が相模川の東側の土地から譲られたという言い伝えもあるといい、書かれた内容を裏付けている。

 土井氏は「文政期から残っている建造物は全国的にも多くない。火事に見舞われず、神輿だからこそ大切に残されてきたのではないでしょうか」と話す。

 同会の吉川会長は「神輿の造りが古い型であることは知っていたが、200年前の神輿を担いでいるとは思わなかった。貴重であるし、昔からの文化として大事にしていきたい。地域住民にも、神輿や神社に関心を高めてもらうきっかけになれば」と話している。

 同会は今後、神輿を後世に残していくため、資金を募りながら老朽化している屋根や台座などの補修をしていきたい考え。

 神輿は、4月1日の愛宕神社例大祭で湘南平の山麓周辺を渡御、江戸時代に担がれてから200年目の節目を迎えることになる。

神輿内部の芯柱。作者と思われる人名が記されている
神輿内部の芯柱。作者と思われる人名が記されている

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