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明治150年記念連載 大磯歴史語り 第44回「吉田茂【11】」文・武井久江

掲載号:2020年5月15日号

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旧吉田茂邸地区の正門
旧吉田茂邸地区の正門

 まだまだ語り尽くせませんが、そろそろ総括していきます。今回は、兜門他のご案内と、死後洗礼についてです。吉田邸のご門を進むと右手に駐車場があり、吉田生存中は一面バラ園でした。亡くなられた後、吉田学校の生徒だった大平首相とアメリカのカーター大統領が昭和54年に歓談することになり、この地が選ばれ駐車場は吉田邸、ヘリポートはプリンスホテルとなり現在は県立大磯城山公園旧吉田茂邸地区のお客様用駐車場です。彼の思いを残すべきバラ園が玉砂利を歩いて右手奥にあります。そこを抜けると講和門(別名兜門)があり、京都裏千家今日庵(現・重要文化財)を参考にして作られました(新たな説も出てきている)。右手に潜り戸(1メートルはある杉の1枚板)、右手潜り戸の下は、薄いピンクの桜御影石(国会議事堂にも使われている石)、土台の黒っぽい石は鞍馬石、左手は腰掛待合。ご門は、トクサ作り、屋根は檜皮葺き、70年〜80年物の良いところだけを削り、1度削ると10年は使えない、そんな檜を30年の周期で葺き替えています。現在のお金になおしますと普通のお家10軒分とか(1軒3千万円としたら3億円)。中々、兜門を作ることは出来ません。是非1度ご覧ください。

 吉田に、人生観ないし宗教観について大きな影響を与えたのは故・雪子夫人でした。そのご逝去後は令嬢である麻生和子でした。夫人は16歳の時、父上である牧野伸顕が公使としてウイーンに駐在した時に影響を受け、後年洗礼を受けました。昭和16年10月に病をえて51歳で亡くなられ、葬儀ミサは東京カテドラル聖マリア会堂で執り行われ、日頃剛毅な吉田がボロボロと涙を流されました。その吉田が昭和42年(1967)10月20日に大磯の自宅で逝去され、カトリックの洗礼を受けられたのは、ご逝去直後の事でした。死後洗礼というのはとても難しいことで、カトリックの洗礼には水・望・血(殉教)の三つがあり吉田の場合は、条件付きの「望」によるものです。吉田は、カトリックへの帰依について生前、麻生夫妻に希望を表明していました。得意のジョーク混じりに「私は死ぬ前に天国泥棒をします」と言っていました。次回に詳しく。

   (敬称略)
 

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