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コラムの記事一覧

  • 大磯歴史語り〈財閥編〉

    大磯歴史語り〈財閥編〉

    第17回「岩崎久弥」文・武井久江

     久弥は、50歳の若さで三菱の社長を従弟の小弥太に譲りました。それからは、三菱合資会社の事業には一切口をはさみませんでした。彼は、岩崎家の事業としての...(続きを読む)

    5月14日号

  • 11戦無敗が大きな価値に

    ベルマガ通信

    11戦無敗が大きな価値に

    タリクの復帰が最大の収穫だった

     今週はベルマガ編集部の中村が担当いたします。11戦負けなしながら、6戦連続ドロー、11戦のうち勝利は2つのみという状況の中で、9日は残留争いの直接のライバ...(続きを読む)

    5月14日号

  • 大磯歴史語り〈財閥編〉

    大磯歴史語り〈財閥編〉

    第16回「岩崎久弥」文・武井久江

     久弥が三菱合資会社の社長として事業を統括し、鉱業や造船を中心に幅広く発展させたのは明治から大正にかけてです。それは近代国家確立の時期でもありました。...(続きを読む)

    4月23日号

  • シュート10本実らず

    ベルマガ通信

    シュート10本実らず

    J1第10節 VSヴィッセル神戸

     今週はベルマガ本誌ライター「すぎさきともかず」が担当です。ライター活動と共に(株)湘南メジャーカンパニーの代表もしております、よろしくお願い致します。...(続きを読む)

    4月23日号

  • 23年ぶり敵地広島勝利

    ベルマガ通信

    23年ぶり敵地広島勝利

    J1第8節VS名古屋、第9節VS広島

     今週はベルマガ編集部中の人こと浜地が担当します。出版とは畑違いの会社員です。どうぞよろしくお願い致します。  さて湘南ベルマ...(続きを読む)

    4月16日号

  • 大磯歴史語り〈財閥編〉

    大磯歴史語り〈財閥編〉

    第15回「岩崎久弥」文・武井久江

     前回まではご家族、特に大磯に関わります澤田美喜のお話をさせて頂きました。本来の3代目岩崎久弥に戻ります。明治27年(1894)保科寧子と結婚、東京・...(続きを読む)

    4月9日号

  • 大磯歴史語り〈財閥編〉

    大磯歴史語り〈財閥編〉

    第14回「岩崎久弥と長女・澤田美喜」文・武井久江

     今回は澤田美喜によるエリザベス・サンダース・ホーム設立に関してのお話をして、次回から父・久弥の話に戻りますが、ここで財閥の戦後について少しお話します...(続きを読む)

    3月26日号

  • 大磯歴史語り〈財閥編〉

    大磯歴史語り〈財閥編〉

    第13回「岩崎久弥と長女・澤田美喜」文・武井久江

     明治34年6月から11月にかけて久弥は欧米を視察していました。英国に留学する弟たちと、わが国建築界の先駆者の1人曽禰達蔵(明治23年三菱入社)を帯同...(続きを読む)

    3月12日号

  • 大磯歴史語り〈財閥編〉

    大磯歴史語り〈財閥編〉

    第12回「岩崎久弥と家族について」文・武井久江

     明治26年、三菱合資会社の社長に久弥は就任します。今回は、久弥の家族について話します。その翌年(1894年)の7月に保科正益子爵の長女・寧子(20歳...(続きを読む)

    3月5日号

  • 大磯歴史語り〈財閥編〉

    大磯歴史語り〈財閥編〉

    第11回「岩崎久弥」文・武井久江

     明治24年(1891)10月に米国留学から帰朝した久弥は、三菱社の副社長に就任します。その頃、大磯駅前の現エリザベス・サンダースホームがありますあの地を、叔父...(続きを読む)

    2月12日号

  • 大磯歴史語り〈財閥編〉

    大磯歴史語り〈財閥編〉

    第10回「岩崎久弥」文・武井久江

     久弥は明治19年(1886)、20歳の時にアメリカに渡ります。渡米しても質実剛健は変わりませんでした。フィラデルフィアの安下宿に生活して、1年半の準...(続きを読む)

    1月22日号

  • 大磯歴史語り

    大磯歴史語り

    〈財閥編〉第9回「岩崎久弥」文・武井久江

     一家は東京に移り、久弥は慶應義塾幼稚舎に入学します。明治8年から3年間、福沢諭吉の薫陶を受け、福沢は教室で歴史や日本外史を講義するとともに、生徒たち...(続きを読む)

    1月8日号

  • 大磯歴史語り

    大磯歴史語り

    〈財閥編〉

     今回は三代目・久弥です。慶応元年8月25日(1865)、土佐国安芸郡井ノ口村(現・高知県安芸市井ノ口)に、地下浪人岩崎弥太郎・喜勢夫妻の長男として生...(続きを読む)

    12月25日号

  • 大磯歴史語り

    大磯歴史語り

    〈財閥編〉

     前回、三菱村の基礎になる土地を購入したお話をしましたが、実はその頃大磯の駅前にも約3万2000坪の土地を購入しています。駅前だけでなく、駅裏の湘南平...(続きを読む)

    12月11日号

  • 大磯歴史語り

    大磯歴史語り

    〈財閥編〉

     兄の遺志を継いだ2代目弥之助は、富国強兵・殖産興業の追い風を受けて、「海から陸へ」事業の転換を図りました。高島炭鉱に加え筑豊の炭坑を次々に傘下に収め...(続きを読む)

    11月27日号

  • 大磯歴史語り

    大磯歴史語り

    〈財閥編〉

     今回から、岩崎弥之助です。大磯との関わりは弥之助から始まりました。明治23年に土地を購入しています。それが大磯駅前の聖ステパノ学園や、エリザベスサン...(続きを読む)

    11月13日号

  • 大磯歴史語り

    大磯歴史語り

    〈財閥編〉

     弥太郎は三菱商船学校を政府からの依頼で設立しています。明治8年の事です。明治新政府は、我が国海運の確立を急務とし、当時の三菱会社に商船学校の設立を命...(続きを読む)

    10月23日号

  • 大磯歴史語り

    大磯歴史語り

    〈財閥編〉

     嘉永6年(1853)6月3日、アメリカ使節ペリーが浦賀へ来航し、日本に開国を要求したことがその後の日本に大きな影響を与えました。諸藩は主に長崎で西洋式軍艦や武...(続きを読む)

    10月9日号

  • 大磯歴史語り

    大磯歴史語り

    〈財閥編〉第2回「岩崎弥之助(弥太郎)」 文・武井久江

     今回から「三菱財閥」創始者・岩崎弥太郎を語ります。大磯に2代目弥之助が別荘を構えた時(明治22年)には、弥太郎は既に50歳の若さで、胃がんで亡くなっ...(続きを読む)

    9月25日号

  • 大磯歴史語り

    明治150年記念連載 〈財閥編〉

    大磯歴史語り

    第1回「岩崎弥之助」 文・武井久江

     「大磯歴史語り」再開です。今回から財閥編をご紹介します。  財閥という言葉が消えてから(戦後の財閥解体から)久しいです...(続きを読む)

    9月11日号

  • 大磯歴史語り

    明治150年記念連載

    大磯歴史語り

    第47回「吉田茂【14】」文・武井久江

     大磯歴史語り「8人の宰相編」は今回で最終回です。コロナも終息とまではいきませんが、徐々に自粛解除が進み、県を越えて動き出せるようになりました。ぜひ吉...(続きを読む)

    6月26日号

  • 大磯歴史語り

    明治150年記念連載

    大磯歴史語り

    第46回「吉田茂【13】」文・武井久江

     現在吉田のお墓は、横浜・久保山墓地に平成23年(2011)に、青山墓地から改葬されました。菩提寺は吉上山慈眼院光明寺。このお寺は、養父である吉田健三...(続きを読む)

    6月12日号

  • 大磯歴史語り

    明治150年記念連載

    大磯歴史語り

    第45回「吉田茂【12】」文・武井久江

     吉田の洗礼名は「セント・トーマス・モア」、そして戒名は「叡光院殿徹誉明徳素匯大居士」で葬儀は2度行われました。昭和42年(1967)10月20日に大...(続きを読む)

    5月29日号

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