大磯・二宮・中井版 掲載号:2022年5月13日号 エリアトップへ

大磯歴史語り〈財閥編〉 第41回「安田善次郎【9】」文・武井久江

掲載号:2022年5月13日号

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善次郎は紙幣発行権を持っていた
善次郎は紙幣発行権を持っていた

 今回は、四大財閥の中で最強の金融力を誇り、安田財閥・銀行王とまで呼ばれた訳についてお話します。銀行は当然色々な銀行がありますが、明治9年は「第三」だけでしたが10年は22行、11年は68行、12年は56行の国立銀行が開業しました。でも設立者のほとんどは銀行経営をしたことがない素人だったので、開業準備は善次郎に頼らざるを得ませんでした。記録によると第十四、十七、二十八、四十一、百、百三、百十二等の国立銀行の設立は、善次郎が助成しました。自著である「意志の力」にこんな風に書いています。「銀行の事をいえばまず日本では私が元祖のような有様であった。銀行設立の手続きを聞きたいと政府に行くと、政府は安田に行って聞けと言われた位で、帳簿の整理法から事務の練習、その他全ての事、皆私の所に見習いにきた」。善次郎の凄いところは、新頭取・善次郎なのに自ら出願し、大蔵省が実施した「銀行簿記精法」の講習会を行員とともに受講し欧米の近代的銀行会計を学んでいるのです。頭取の立場と、40歳という年齢を考えると、凄いことだといえます。

 第三国立銀行の会計業務は近代的な簿記法によって処理されましたが、まだ残っていた「安田商店」の諸勘定もこのとき以降は貸借仕訳法に改められたのだそうです。その安田商店も実質的には銀行と同じ業務を行っていたので、善次郎はこれを私立銀行に転換しようとしました。でも「国立銀行条例」によって当初は「国立」以外に「銀行」の名称が許されませんでしたが、銀行条例の大改正で全国に多くの国立銀行が設立されたため、逆にその設立が制限され(明治12年)、今度は紙幣発行権を持たない、純然たる普通商業銀行の設立が自由になったのです。そこで彼は、第三国立銀行とは別に「安田商店」を発展的に改組した「合本安田銀行」を設立しました(合本...合名会社にあたります)。こうして、安田善次郎は二つの銀行を経営することになりました。彼は両銀行を次のように使い分けました。第三国立銀行は安田家以外の株主がいるが、安田銀行は安田一族の出資のみによる経営。また、「第三」は横浜・大阪・四国中国地方・九州などに店舗網を持ち、「安田」は東北・北海道などの北の方に支店を持ちました。さらに善次郎は「保善社」なる私盟組織を作ります。安田一族の結束を固める事と、安田銀行の資本金を管理するための組織が「保善社」でした。財閥として着々と階段を上がっています。さて次回は?(敬称略)

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