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公開日:2011.05.07
復興を見守る"大黒様"
宗福院の“福興大黒尊天”
大正12年、関東大震災に見舞われるが、小田原では復興の狼煙があがり、復興館と呼ばれる映画館も出現する程活気付いていた。
そんな中震災の翌年、城山在住の瀬戸鶴吉氏が彫刻師を招き、同氏の屋敷内にあった樹齢1500年ともいわれる大楠樹に立木のまま地上6m程の高さに大国神像を彫らせた。震災の復興と人々の福徳招来を願い、復興と福興をかけ”福興大国神”と名付けられた。しかし時代を経て復興ムードが沈静化するといつの間にか寂れ、仮設の社殿は取り外され、神像は風雨にさらされることになる。戦時中には樹から切り落とされ、城山の別の場所で祀られていた。当時から各神社や、小田原城で保管するという話が出ていたが、費用の問題で移転先が決まらずにいた。
昭和52年秋、国際通りの洋品店『アメリカ屋』の先代、武田良作氏や当時の城山の自治会長らの奔走により宗福院の地蔵堂に迎えた。その際尊号を”福興大黒尊天”と改め、現在に至る。当時から現在まで宗福院の管理を務める香林寺の松田文雄(ぶんゆう)住職は「東日本大震災があったが、また今回も被災者や皆が頑張っている様を見守ってほしい」と話した。
『板橋のお地蔵さん』として親しまれている宗福院(板橋566)に、関東大震災の折りに復興の願いを込め作られた大黒様が鎮座している。
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