2009年、一人の歌人が38歳の若さでこの世を去った。歌人の名は中澤系さん(本名・中澤圭佐)。命日の4月24日、04年に出版された歌集の新刻版「uta0001.txt」(双風舎)が出版された。区内金沢町に住む妹の書家・中澤瓈光(りこう)さん(43/本名・伊川和美)らは、12年から、品薄になった歌集を復刻しようと活動してきた。
中澤系さんは歌人・岡井隆氏に師事。98年、「3番線快速電車が通過します理解できない人はさがって」などを含む20首「uta0001.txt」で未来賞を受賞した。注目の若手歌人として将来を期待されるも、02年に運動機能が失われていく難病の副腎白質ジストロフィー(ALD)を発症。やがて寝たきりになり、意志の疎通すら難しくなってしまう。そんな中、以前から「歌集を出すことで自分の生きた証を残したい」と話していた系さんの思いを受け、有志の手により初の歌集が出版された。だがその後、版元の雁書館が廃業したため、絶版に。一部では「幻の歌集」といわれ、手に入りにくい状態が続いていたという。
「つぶやき」から始動
復刊のきっかけは3年前、「もし中澤系さんの歌集が復刊されたら、買いたいという人はどのぐらいいるのだろう」というTwitter上のつぶやきだった。このつぶやきはSNSを通して拡散され、その後、復刊を目指す「中澤系プロジェクト」が立ち上がる。
「最初の出版の時は子育てに追われ、手伝えなかった。兄のことなので人任せではいけないと思って」と瓈光さん。プロジェクトの中心メンバーとして、読書会の開催や出版社探しなど精力的に動き回った。
出版が本決まりになった昨年7月、瓈光さんは死後そのままになっていた兄の部屋を整理した。そこで発症前、系さん自身で歌集の出版に向け準備していた歌集のゲラを発見する。「赤字の書き込みがあったり、小題がついていたり」。当初は「雁書館版」を復刻する形を目指していたが、「兄の字をみて、こっちを優先したいと思った」と話す。新刻版は雁書館版をもとにしつつ、発見されたゲラを参考に、章タイトルや歌の表記などの改訂をしている。また、社会学者の宮台真司さんの特別寄稿と歌人・斉藤斎藤さんの解説が新たに加えられた。「兄を知らない若い世代にも手に取って欲しい」と願いを込める。
14年越しのお祝い
整理した時に嬉しい発見がもう一つ。瓈光さんが一番好きな歌「今最後の分裂を終え原形質混じり合わぬ日がきた おめでとう」の横に、「妹の婚姻に際し」という書き込みを見つけたのだ。「何に対しての『おめでとう』なんだろうとずっと思っていた。14年経って初めてお祝いの言葉がきけた」と目をうるませる。
ALDへの理解を
書家の瓈光さんは、10年前から兄・系さんの歌を題材に書の作品を発表してきた。「兄の歌とともに、兄の命を奪ったALDへの認知を広めたい」と話す。ALDの治療法は発症間もない段階での骨髄移植が有効とされるが、症状が進行すると治療方法がない。そのため早期診断が何よりも重要だ。「書を通じて少しでも多くの人に知る機会を作れれば」と願いを込める。
「uta0001.txt」(1900円/税別)はつながりマーケット「ままのわ」(谷津町360)や戸塚モディ(戸塚駅1分)有隣堂ほかで取り扱っている。全国の書店で取り寄せ可能。
|
<PR>
金沢区・磯子区版のトップニュース最新6件
|
|
|
|
|
|