神奈川県全域・東京多摩地域の地域情報紙

  • search
  • LINE
  • MailBan
  • X
  • Facebook
  • RSS
高津区版 公開:2015年7月3日 エリアトップへ

高津物語 連載第九〇一回 「加瀬山」

公開:2015年7月3日

  • LINE
  • hatena

 加瀬左近尉監資親は「山城国相楽郡加瀬郷ニ居リシユへ、在名ヲ家号トセルヨシ」と南北加瀬の地名が由来すると加瀬家々伝が伝えている。

 川崎駅前アゼリア地下街建築工事の際の海面変動や多摩川下流域の様子が判明したという。

 いわゆる「縄文海進」といわれる海面の上昇、地盤の沈降などのため、陸地の上に海の広がることや、間氷期には大陸の氷が解けて海進が起った長い期間中に、逆の「海退」も起こり一時海が引けて部分的に陸化した時もあった様だといわれている。(『川崎区の史話』川崎区誌研究会)

 古代に入って古多摩川が運ぶ土砂や海流が押し上げる土砂の堆積が見られるようになり、多摩の横山の延長とみられる「加瀬山」(標高三十三メートル)が唯一西北部に孤立して、川崎の自然景観を形成していた。

 がこの加瀬山が近代化の憂き目にあってしまう。

 明治製菓の前身「横濱製糖」と東芝の前身「東京電気」が川崎進出したばかりの明治四十三年、多摩川大洪水は「多摩川の流路が南へ大きく湾曲した部分の低地に当たるため、一面に浸水した。このような事態を経験して、両者首脳の間には、一時川崎放棄の極論さえ現れる始末であった。しかし、水運と鉄道の便に恵まれ、しかも地価が安いという条件は軽視できなかった。そこで東京電気は、敷地一帯に二〜三mの盛土をすることによって、洪水時の浸水を防ぐことにした。

 この土を求めるため、同社はまた石井泰助の斡旋で『加瀬山』の一角を買収し、そこを切り崩した土をトロッコで運搬するという大掛かりな工事である。

 これに要した費用は買収価格を上回り、敷地一坪につき約二円にたっしたという。同社(東芝)は三工場に続いて本社の社屋も川崎の敷地内に建設し、大正二年に移転を終わった」(『川崎市史』―産業の発展と川崎市の誕生)

 産業の発展には自然破壊もやむを得ないと云う人もあろう。南武線を北に向かう時、無残に切り崩された「加瀬山」を思う。
 

高津区版のコラム最新6

市民健康の森だより

不定期連載

市民健康の森だより

第133回 熱心な受講者に感心「里山保全体験教室」

4月19日

教えて!職人さん

教えて!職人さん

vol.51 「外壁塗装」防水工事に重要な事とは…?

4月19日

GO!GO!!フロンターレ

お金のはなし

税理士・FPの高橋さんが解説「金融投資について考える」

お金のはなし

4月19日

GO!GO!!フロンターレ

市民健康の森だより

不定期連載

市民健康の森だより

第132回 「開花前のお花見」今年もメンバーと共に

4月12日

永代供養・合祀墓は4万円から

納骨にお困りの方「眞宗寺」の永代供養墓は後々の費用なし、生前申込・改葬代行

044-965-0965

<PR>

意見広告・議会報告政治の村

あっとほーむデスク

  • 5月20日0:00更新

  • 4月15日0:00更新

  • 4月8日0:00更新

高津区版のあっとほーむデスク一覧へ

コラム一覧へ

高津区版のコラム一覧へ

バックナンバー最新号:2024年4月24日号

もっと見る

閉じる

お問い合わせ

外部リンク

Twitter

Facebook