神奈川県全域・東京多摩地域の地域情報紙

  • search
  • LINE
  • MailBan
  • X
  • Facebook
  • RSS
高津区版 公開:2017年4月7日 エリアトップへ

高津物語 連載第九九一回 「高津駅前の変貌」

公開:2017年4月7日

  • X
  • LINE
  • hatena

 春になったが、まだまだ寒い日が続いている。

 帝京大学医学部附属溝口病院で打って頂いた「インフルエンザ予防接種」の御蔭で、今年もどうやら無事に寒い冬を越すことが出来た様で感謝している。

 昔(七十年前の話だが)、我が家の中に小川が流れていた。

 久地の円筒分水から流れ出た二ヶ領用水の分流だが、結構水量もあり、きれいな流れだった事を覚えている。その頃は、水道がなかったから「六ヵ村堀」でお茶碗を洗ったり、洗濯ものを洗ったりしているのを見かけたものだ。

 我が家に流れて来ていた小川は、そのまま流れて、大山街道を超え津田病院裏から、現在の「帝京大学医学部附属溝口病院」正面入り口を通過、病院脇の路地に出た。

 現在アパートになっている場所は、高津警察署の柔剣道の訓練道場があり、威勢のいい声がいつも聞こえていた。

 小川は、そのまま府中県道に流れて、高津駅に直進、東急ストア前を通って、帝京大学溝口病院新館前を右に入って、そのまま直進する流れと、溝口方面に流れる水路に分かれた。

 この様に昔の水路を埋め立てることで、溝口をはじめ現在の川崎市の道路は出来上がっている。

 もしも、昔のままの水路を生かした「道路政策」が行われていたら、随分都市景観が変わったろうと思うことしきりである。

 帝京大学溝口病院が九階建ての美しいビルとなって五月にオープンする。

 利用者として、喜ばしく嬉しい限りである。

 昔、この場所には「三神」という製綿工場があったが大火事を出して倒産したと聞いた。

 「玉川電鉄」が二子橋の完成により溝口まで乗り入れて、玉電「高津駅」が今の「東急ストア高津店」場所にあった。高架ではない。

 ぽつんと立っている小さな駅だったのを覚えている。

 戦中は「日本光学高津工場」となり、軍需工場に変わった。

 戦後は「東京時計」が創業して、一時は随分華やかだったが、しばらくして本業以外の「高津ボール」というボウリング場を作ったが、長続きせずに潰れてしまった。その後にNECビルとなった。帝京大学病院のオープンが待たれる。
 

高津区版のコラム最新6

GO!GO!!フロンターレ

市民健康の森だより

不定期連載

市民健康の森だより

第134回 ジャガイモの成長に欠かせぬ「芽カキ」について

4月26日

市民健康の森だより

不定期連載

市民健康の森だより

第133回 熱心な受講者に感心「里山保全体験教室」

4月19日

教えて!職人さん

教えて!職人さん

vol.51 「外壁塗装」防水工事に重要な事とは…?

4月19日

GO!GO!!フロンターレ

お金のはなし

税理士・FPの高橋さんが解説「金融投資について考える」

お金のはなし

4月19日

あっとほーむデスク

  • 5月20日0:00更新

  • 4月15日0:00更新

  • 4月8日0:00更新

高津区版のあっとほーむデスク一覧へ

コラム一覧へ

高津区版のコラム一覧へ

バックナンバー最新号:2024年4月26日号

もっと見る

閉じる

お問い合わせ

外部リンク

Twitter

Facebook