麻生区版 掲載号:2015年2月20日号 エリアトップへ

麻生の歴史を探る 麻生の寺院(1)金剛寺(廃寺)・西光寺

掲載号:2015年2月20日号

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毘沙門堂
毘沙門堂

 麻生区周辺の寺院は、王禅寺、東光院を除き、その多くが室町時代(1338〜1573年)に創建されています。その理由は、最澄の天台宗や空海の真言宗に代表される奈良仏教が鎌倉時代になって法然・親鸞の浄土(真)宗、栄西の臨済宗、道元の曹洞宗、そして日蓮の日蓮宗を生み出し、そしてその新しい教えが新しい支配階級である武士や農民庶民の心を捉えたからです。

 そこで、しばらく麻生の寺院の由緒・沿革を探ってみたいと思います。現麻生区黒川の字西谷に「寺の谷戸」と呼ばれる地域があります。ここには応永年間(1400年頃)に創建されたといわれる「金剛寺」廃寺跡があります。この金剛寺を新編武蔵風土記稿(以下「風土記稿」という)は「村の西にあり、真義真言宗、多摩郡坂浜村高勝寺門徒なり、墨仙山と号す、開山を詳にせず、客殿五間に四間南に向う、本尊大日如来坐像にて長一尺五寸、行基の作という、当寺は祈願のわざを専らにして滅罪を事とせず、八幡社客殿の東にあり、観音堂同じく東にあり、如意輪観音にて長一尺ばかり、毘沙門堂行基の作にて、長七寸ばかりの坐像なり」とその寺域の広さ、諸堂の存在を記しています。

 それではこの金剛寺は誰によって創建されたのでしょう。風土記稿では「開山を詳にせず」と記されていますが、この地は鎌倉時代に栄えた小山田庄に近く、鎌倉街道「早ノ道」が関戸に通ずる道筋で、すぐ南側に隣接する地域が「広町」と名付けられ、三沢川上流に架かる「橋場」の地名があるように、古くからこの谷戸周辺には有力農民の集落がありました。今でもこの地には「市川姓」の在家が多くありますが、「金剛」とは堅固を表し、「墨仙」とは黒川(三沢川)を意味することから、この氏族の遠祖が、浜坂高勝寺の開山鎮海上人を奉じ、毘沙門天を祀り(毘沙門天は仏法の力で外敵排除、村内鎮護の神)氏族の願いを込めて創建したのではないでしょうか。なおこの鎮海上人は王禅寺中興の祖、等海上人に仏法を授けられ、応安元年(1368)稲城坂浜の地に岩船山高勝寺を創建した名僧でした(稲城市史)。

 明治初年、廃仏毀釈の影響で金剛寺は廃寺になりますが、高勝寺には元治2年(1865)鋳造銘の「黒川山金剛寺」の梵鐘が保存され、檀徒とともに法灯は高勝寺に灯されました。今も残る毘沙門堂には、「おびあけ」のときの初詣・誕生・節句などに参詣する風習が残されています。黒川唯一の寺「西光寺」は謎を秘めた寺と思われます。風土記稿はこの寺を「禅宗曹洞派片平村修廣寺末山なり、雲長山と号す、開山孤岩伊俊、嘉吉三年(1443)寂す、開基は西庵雲長、文明元年(1469)寂す、石階九十八級を登りて客殿を建、九間に六間半巽(南東)向なり、本尊は釈迦の像なり、村民の持ち伝えし古き水帳には観音免とあり、其頃の本尊観音なりしが、いつの頃にか釈迦座像長八寸ばかりを置き、運慶作なりという・・・」としています。古老の話によると、98の石段には男坂と女坂があり、寺の北側には開基雲長の屋敷跡があったということで、現在「古屋敷」と呼ぶ通称地名が残されていますが、この雲長なる人物がいかなる人物であったか謎となっています。

 中世、この黒川は武蔵国小山田庄黒川郷で、地形・水系からも片平以東の麻生郷とは異なり、領主は鎌倉公方方所縁の「御仁々局(如水)」でした。この御仁々局は応安5年(1372)黒川郷の半分を鎌倉円覚寺黄梅院(臨済宗)に寄進し、雲長が西光寺を創建した頃と思われる応永11年(1404)当時も黄梅院領だったとする資料(市史)があります。雲長の俗名は分かりませんが、御仁々局に代わる実力者であるところから見て、当時、西光寺は足利公方の臨済宗の寺だったのではないでしょうか。

 関東争乱で鎌倉公方が1439年に滅び、雲長が寂し、戦国時代となり、時代の趨勢の中で曹洞宗の片平修廣寺末となるわけですが、この寺には臨済宗寺院という前身があったようです。この西光寺は昭和4年現在地へ移り、昭和50年現在の伽藍が落慶しますが、現境内に移された石仏の一つ、「石薬師像」は寛文8年(1668)造立された市内最古の石像で、また幾多の変遷を繰り返した墓苑には往時を偲んでの、住職山中善雄氏の歌碑が立っています。「いにしえの御霊うつしてぬかづけば 声なき声の我をつつめり」

 参考文献:「新編武蔵風土記稿」「川崎市史」「稲城市史」「黒川」「川崎地名辞典」文:故・小島一也
 

西光寺
西光寺

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