麻生区版 掲載号:2021年12月3日号 エリアトップへ

柿生文化を読む シリーズ「鶴見川流域の中世」中世史料・資料の隠れた宝庫 恩田郷(その1)【2】文:中西望介(戦国史研究会会員・都筑橘樹研究会員)

掲載号:2021年12月3日号

  • LINE
  • hatena
地図1 元禄二年(1689)成合村・恩田村裁許絵図「青葉の村々と矢倉沢往還」より転載。南端に南西から東に向かって恩田川が流れる。やや東側に南北に延びる線は矢倉沢往還。細長く入り込む谷戸に水田が描かれている
地図1 元禄二年(1689)成合村・恩田村裁許絵図「青葉の村々と矢倉沢往還」より転載。南端に南西から東に向かって恩田川が流れる。やや東側に南北に延びる線は矢倉沢往還。細長く入り込む谷戸に水田が描かれている

 2つ目は元禄二年(1689)成合村・恩田村裁許絵図(以下元禄絵図と略)と享保五年(1720)恩田村裁許絵図(以下享保絵図と略)の2点の村絵図が残っている事である。この絵図を研究した久世辰男氏は「古地図から読む江戸時代の土地利用とその変化」において、近世以前に谷戸田の開発は限界に達し、近世前期には恩田川左岸の沖積地においても井堰灌漑による水田地帯が形成された。畑については、自然堤防・丘陵の緩斜面・谷戸奥などには中世(あるいはそれ以前)まで遡りうる伝統的な畠地が広がり、台地上部は雑木林や籔地であったと述べている。合田晶子氏は「享保5年の恩田村絵図と平成の地図を比較する」において、享保絵図と現行地図との比較研究を行って、絵図の縮尺はおよそ1500分の1で、デフォルメされておらず形が正確に描かれており、他の村々の絵図と違い現行地図にほとんどそのまま重ねることができる事を証明している。伊能地図よりも約100年前に正確な地図が作られた事は驚きである。それを証明してくれたことに感謝したい。

(つづく)

麻生区版のコラム最新6

柿生文化を読む

柿生文化を読む

シリーズ「鶴見川流域の中世」中世史料・資料の隠れた宝庫 恩田郷(その3)【1】文:中西望介(戦国史研究会会員・都筑橘樹研究会員)

1月28日号

GO!GO!!フロンターレ

柿生文化を読む

柿生文化を読む

シリーズ「鶴見川流域の中世」中世史料・資料の隠れた宝庫 恩田郷(その2)【3】文:中西望介(戦国史研究会会員・都筑橘樹研究会員)

1月21日号

伝統のおはやしを守って90年

区民記者が走る! vol.9 2022年 January

伝統のおはやしを守って90年

1月21日号

GO!GO!!フロンターレ

GO!GO!!フロンターレ

意見広告・議会報告政治の村

あっとほーむデスク

  • 1月28日0:00更新

  • 1月21日0:00更新

  • 1月14日0:00更新

麻生区版のあっとほーむデスク一覧へ

イベント一覧へ

講演会「認知症に備える」

講演会「認知症に備える」

2月12日 麻生区市民館で

2月12日~2月12日

麻生区版のイベント一覧へ

最近よく読まれている記事

コラム一覧へ

麻生区版のコラム一覧へ

バックナンバー最新号:2022年1月28日号

もっと見る

閉じる

お問い合わせ

外部リンク

Twitter

Facebook