八王子 コラム
公開日:2026.01.08
―連載小説・松姫 夕映えの記―
第4回 作者/前野 博
(前回からのつづき)
一ヶ月前までは杜若や菖蒲の花が咲き誇っていたが、今は池が見えないほどに草が高く繁っていた。その先の平坦な土地に信松尼達が住む庵と家を、栄吉が番匠大工の仲間を集めて建ててくれた。
「お梅、その荷物を荷台に乗せよう」
石黒八兵衛がお梅から大きな風呂敷包みを受け取り荷台に乗せた。
「八兵衛さん、この鍬も乗せてください。栄吉が八兵衛さんにと言っていました」
「これは有難い。栄吉が御所水の土は下案下の土より良いと言っていた。着いたら早速土地を耕し畑を造らんといけんからな。栄吉の作った農具はどれもが丈夫で良いものばかりだ。気持ちよく仕事ができるし仕事も早く進んでくれる」
石黒八兵衛と中村新三郎は松姫付きの家臣であるが、八王子へ来てからは刀を差すより鍬や鎌を持っての農作業の日々が殆どであった。同朋衆の竹阿弥も一生懸命農作業に従事していた。ひ弱な体であったのがたくましくなっていた。
「おキミや、ここへ来なさい!」
お梅が手を振りおキミを呼んだ。
「おっかさん、なに?」
「なにではないでしょう! 信松尼様にこれからお世話になるのですよ。皆さんに迷惑かけないようにしなくてはいけません。できますよね?」
お梅がおキミの肩に手をかけ信松尼の前に真っ直ぐ立たせた。今までおキミと一緒に戯れていた姫君達も一歩下がって様子を見ていた。
「はい! 大丈夫です。きちんとします。信松尼様よろしくお願いします」
おキミは信松尼に向かって深々と頭を下げ、八兵衛を始めとする供の者に対しても世話になることを頭を下げてよろしく頼んだ。
「おキミもこのように挨拶ができるようになりました。お梅、心配は要りませんよ」
信松尼はおキミの頭を優しく撫でた。 〈続〉
◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「松姫 夕映えの記」を不定期連載しています。
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