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藤沢 社会

公開日:2026.02.06

女性の参政権獲得から80年
権利の重み、再考を

  • 29歳の時の山川菊栄(神奈川県立図書館山川菊栄文庫・山川菊栄記念会提供)

    29歳の時の山川菊栄(神奈川県立図書館山川菊栄文庫・山川菊栄記念会提供)

 成人が等しく一票を投じる光景が当たり前となってから、まもなく80年を迎えようとしている。戦後、女性が初めて参政権を行使し、39人の女性代議士が誕生した1946年の衆議院議員総選挙から今日に至るまで、先人たちがより良い社会を求めて紡いできた歴史の重みが、今改めて問われている。

 日本の選挙制度は1889年の衆議院議員選挙法制定にさかのぼる。当時は納税額による制限があり、有権者は人口のわずか約1%に過ぎなかった。この閉鎖的な社会を変革すべく、平塚らいてうらが女性参政権獲得に向けた運動を展開。終戦直後の1945年、満20歳以上の男女に選挙権が認められるに至った。

藤沢ゆかりの山川菊栄一票に託した思い

 権利獲得の潮流の中で、独自の視点を持って社会に対峙したのが、約50年にわたり村岡で暮らした評論家で作家の山川菊栄(1890―1980)だ。山川菊栄記念会(片瀬)の担当者よると、山川は資本家やエリートだけで構成される議会の枠組みに女性が加わることには批判的であったという。女性が初めて投票権を手にする46年の総選挙を目前に、こう切実な願いをつづっている。

 「私は総選挙の結果にて婦人の意思が正直に現われることを第一に必要と認め、それを希望する。私は婦人に関する真実を掴みたい、事実を知りたい。買収されまたは強制された投票は真実を語らない。無知は無知でよい、恥ずるに及ばぬ。それは女の罪でなく、過去の日本の罪なのだから。女よ、包みかくすことなく、恐れはばかることなく、大胆に率直に自己の意思を示せ。解放の第一歩はそれである」

 山川が求めたのは、誰かに強いられた票ではなく、一人ひとりの内側から湧き出る「真実の意思」だった。かつて女性たちが置かれた境遇を「日本の罪」と断じ、無知を恐れず一歩を踏み出すことを促した言葉は、現代にも鋭く響く。

 前回衆院選の投票率は全国で50%台にとどまり、市内でも男性54・19%、女性52・94%と男女で大きな差はないものの、全体として投票率は低下している。先人たちが心血を注ぎ、自己の意思を示すために勝ち取った一票。8日(日)に控える選挙は、かつて山川が説いたように、自らの意思を率直に社会へ示す大切な機会となるはずだ。

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