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樋口季一郎の功績に光を 円覚寺龍隠庵に顕彰碑

社会

公開:2023年6月8日

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顕彰碑を囲む有志代表の3人と2人の子孫。(右から)里見氏、吉野氏、玉村氏、島村氏、直系子孫の樋口隆一氏
顕彰碑を囲む有志代表の3人と2人の子孫。(右から)里見氏、吉野氏、玉村氏、島村氏、直系子孫の樋口隆一氏

吉野元市長ら有志が建立

 戦時中にナチス・ドイツの迫害からユダヤ人を救済するなど多大な功績を残した旧陸軍中将の樋口季一郎。平塚や大磯に縁がある樋口の活躍を後世に伝えようと、元平塚市長の吉野稜威雄(いつお)氏ら有志が円覚寺(鎌倉)の龍隠庵に顕彰碑を建立。5月21日に除幕式を開いた。

 顕彰碑建立の有志の会の共同代表は元平塚市長の吉野稜威雄氏、日本会議湘南西支部長の島村良行氏、元大妻女子大学教授の里見脩氏の3氏。吉野氏によると、樋口季一郎は明治21(1888)年、兵庫県淡路島に生まれ、旧陸軍中将として数多くの功績を残したという。

3つの偉業

 その1つが満州国でのユダヤ人救済だ。ユダヤ人を助けた日本人としては『命のビザ』の杉原千畝が有名だが、杉原の行動は、樋口の救済策を前提としたものだった。

 満州で任務に就いた樋口は、迫害を逃れ衰弱している難民を救済。その後、脱出路は「ヒグチ・ルート」と呼ばれ、数多くの難民の命が救われた。ユダヤ民族基金が救済に尽力した人を記した「ゴールデン・ブック」には、樋口、杉原の名前が刻まれている。

 同会は終戦直後のソ連による北海道への侵攻阻止も樋口の功績に挙げる。現在、ロシアのウクライナ侵攻が国際問題になっているが、樋口の活躍がなければ北海道は日本から分断されていた可能性があったかもしれない。また、キスカ島に残された日本兵5000人の救出作戦を軍上層部に具申し成功に導いた。

平塚・大磯との縁

 樋口は1960年から約5年間、大磯町に暮らし、同町の妙大寺の墓に眠る。また、平塚市民病院の初代院長を務めた玉村一雄さんに樋口の娘が嫁いでおり、平塚との縁も深い。元平塚市長の吉野氏と樋口の孫が高校の同級で、吉野氏の妻と孫の玉村邦夫氏も中学時代の同級生だったことが判明。これらの奇特な縁に導かれ、樋口季一郎の顕彰碑建立の動きが急速に進んだ。

 顕彰碑は円覚寺塔頭龍隠庵に建てられ、5月21日の除幕式には来賓や関係者ら約100人が参列した。吉野氏は「偉大な人物の優れた功績を多くの人に知っていただきたい。そして樋口中将のように自ら考え行動する日本人が育ってくれたら」と語った。

樋口季一郎の肖像(樋口隆一氏提供)
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