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さがみはら南区 トップニュース文化

公開日:2017.05.25

さがみはら能
20年の歩みと、これから
地元での普及にまい進

  • 第一回公演のチラシ

  • 舞を披露する松山さん

 相模大野在住の能楽師・松山隆雄さん(66)が相模女子大学グリーンホールを会場に主催する「さがみはら能」が、6月16日(金)に節目の20回記念公演を迎える。能の普及に全身全霊を捧げてきたこれまでの歩みと今後の展望を、松山さんに聞いた。



 横浜の寺院で生まれ育った松山さんは12歳で能と出合い、翌年に叔父の紹介で都内の梅若六郎家に弟子入りした。住み込みで修業を積み、20歳の頃には能楽師として独立。都内で教室を開き、弟子をとるようになった。その中の1人に「相模原には能を伝える人がいない」と聞き、興味を持ったという。そこで修業時代に出会った妻・幸子さんとの結婚、第一子誕生を機に市内すすきの町に転居。以来、文京、相模大野と市内で住居を移しながら教室を開き、45年以上にわたって相模原に能を普及してきた。



出会いに支えられ



 第一回さがみはら能が開催されたのは1996年10月。友人の紹介で加入した相模原南ライオンズクラブ内で後援会が発足し、市や文化財団等の後援を得て市民会館で開かれた。チラシの題字は当時の市長、故・舘盛清光氏が手掛けたもので、現在も使用されている。松山さんは幸子さん、息子の隆之さん、梅若一門と共に能「土蜘(つちぐも)」を演じた。翌年からは会場をグリーンホールに移し、回を重ねながら、自作の能の上演や二胡奏者を招くなど工夫を凝らしてきた。何より大事にしてきたのは「続けること」。時には自ら資金を補てんしてでも、相模原の地で能を普及させることを念頭に活動してきた。



親子三代で共演



 「あっという間の20回。最初の頃は勢いだけでやっていた。能の文化がなかった相模原で定期公演をやってこれたのは、ひとえに支援してくださった皆様のおかげ」と話す松山さん。来月の公演では能「鶴亀」で、亀を孫の松山絢美さん(9)、鶴を松山結美さん(6)が演じ、隆之さんと共に親子三代での共演となる。「まだまだ現役を務めたい。20回を通過点として、これからも一歩一歩大事に演じていきます。30回、50回と続けて、後世に文化を伝えていきたい」と松山さん。



 7月からは自宅に併設する松山能舞台を能楽資料館とし、資料の展示や一般向けの指導も始めるなど、今後も一人でも多くの人へ能文化を伝えていく。

 

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