港北区 社会
公開日:2026.10.16
神奈川県歯科医師会120周年 守屋義雄会長インタビュー 「食べる喜び、話す楽しみを支える伴走者でありたい」
今年、創立120周年という節目を迎えた公益社団法人神奈川県歯科医師会。長年にわたって県民の口腔保健を支え続けてきた同会の大きな節目にあたり、第23代会長を務める守屋義雄氏にインタビューを行った。
――120周年を迎えて―これまで担ってきた役割、そして今後、県民にとってどのような存在でありたいと考えますか
神奈川県歯科医師会は、明治期の創立から今年で120周年を迎えました。横浜は日本の近代歯科医学が始まった土地でもあり、その歴史を受け継ぐ責任を感じています。この120年、私たちの役割は診療室の中だけにとどまりませんでした。学校歯科健診や乳幼児健診、成人の歯科健診、休日の急患診療、障害のある方への歯科医療、災害時の支援など、行政と連携しながら地域の歯科保健を支える「公」の仕事を、会員一人ひとりが担ってきました。かつて「むし歯の洪水」と言われた時代から、子どものむし歯は大きく減り、全国では80歳で20本以上の歯を保つ方が半数を超えるまでになりました。これは県民の皆さんと一緒に歩んできた成果だと思います。
これからの歯科医師会は、歯が痛くなったときに頼る存在であるだけでなく、生まれてから人生の最期まで、食べる喜び、話す楽しみを支える身近な伴走者でありたい。困ったときに「まず相談できる」存在であり続けたいと考えています。
――現在の神奈川県における課題と、県民がまだ気づいていない問題を教えてください
子どものむし歯は減りましたが、課題がなくなったわけではありません。
まず、歯周病です。成人の多くに何らかの症状があるとされますが、痛みがないまま進行するため、気づいたときには歯を失う段階になっていることも少なくありません。
次に、歯が残る時代になったからこその課題です。高齢の方では歯の根元のむし歯や、噛む力・飲み込む力の衰えが増えています。滑舌が悪くなった、食べこぼしやむせが増えた、硬いものが噛みにくい。こうしたささいな衰えを「オーラルフレイル」と呼びますが、多くの方が「年のせい」と見過ごしておられます。
子どもでも、口をぽかんと開けている、うまく噛めない、飲み込めないといった、口の機能の発達の問題が指摘されています。家庭環境などによって、むし歯が特定の子どもに集中する「健康格差」も見逃せません。
そして最大の課題は、働き盛りの世代が、痛くなるまで歯科を受診しないことです。症状がないうちの定期健診こそが、将来の健康を守る近道だと知っていただきたいと思います。
――口の機能を保つことの意味-県民に知ってほしいことを教えてください
口は、食べる、話す、笑う、呼吸するという、人が人らしく生きるための入り口です。近年の研究で、歯周病が糖尿病をはじめとする全身の病気と深く関わっていること、口の中を清潔に保つことが高齢者の誤嚥性肺炎の予防につながること、噛む力や飲み込む力の衰えが、低栄養や筋力の低下、ひいては要介護のリスクを高めることがわかってきました。口の衰えは、全身の衰えの入り口なのです。
食べにくくなると、やわらかい物ばかりを選ぶようになり、栄養が偏り、体力が落ちる。話しにくくなると、人と会うのがおっくうになり、外出が減る。この悪循環を早い段階で断ち切ることが大切です。
幸い、オーラルフレイルは、早く気づいて対処すれば回復が期待できます。神奈川県はこの分野に早くから取り組んでおり、昨年11月からは、県と本会が連携し、地域の歯科医院でチェックと個別指導が受けられる「かながわオーラルフレイル健康相談」も始まりました。「最近むせやすい」「食べこぼす」と感じたら、ぜひかかりつけの歯科医院にご相談ください。口の健康を守ることは、健康寿命を延ばすことにつながります。
――さまざまな事情で歯科医療を受けにくい人たちに対する取り組みを教えてください
歯科医療は、必要とするすべての方に届かなければならないと考えています。
障害のある方については、県内で三段階の診療体制を整えています。本会の研修を修了した地域の歯科医師が身近な窓口となり、より専門的な対応が必要な場合は、県内各地域の二次医療機関、さらに全身麻酔下での治療などが可能な三次医療機関へとつなぐ仕組みです。通院が難しい在宅療養中の方や、施設に入所されている方には、歯科医師や歯科衛生士がご自宅や施設に伺う訪問歯科診療があります。「どこに頼めばよいかわからない」という声に応えるため、在宅歯科医療連携室を設け、ご本人やご家族、ケアマネジャーからの相談を受けて、訪問できる歯科医師を紹介しています。
仕事などで平日に受診できない方の急な痛みには、各地域の休日急患歯科診療所が対応しています。
経済的な事情は、歯科医師会だけで解決できる問題ではありませんが、健診で受診が必要とされた子どもが確実に治療につながるよう、行政や学校と連携していきます。受診をためらう事情がある方こそ、まずはご相談いただきたいと思います。
――災害時の歯科医療の役割と、現在の備えはどうなっていますか
災害時の歯科の役割は、大きく三つあります。
一つ目は、避難所などでの応急的な歯科医療です。入れ歯をなくした、歯が痛むといった訴えに対応します。二つ目は、口腔ケアです。水が不足する避難生活では歯みがきがおろそかになり、口の中の細菌が増えます。これが高齢者の誤嚥性肺炎を招き、災害関連死につながることが、阪神・淡路大震災以降の教訓としてわかってきました。口の清潔を保つことは、命を守ることなのです。三つ目は、歯の治療記録による身元確認です。東日本大震災でも多くの歯科医師がこの任にあたりました。
2024年の能登半島地震では、本会からも日本災害歯科支援チーム(JDAT)として輪島市に会員を派遣し、避難所で口腔ケアや入れ歯の相談にあたりました。
こうした経験を踏まえ、本会では行政や関係団体との連携体制の確認、支援にあたる人材の研修、会員の安否や診療所の被災状況を迅速に把握する仕組みづくりなど、備えの強化を進めています。県民の皆さんにも、非常用持ち出し袋に歯ブラシや入れ歯の手入れ用品を加えていただくようお願いしたいと思います。
――技術の進歩で変わるもの、また変えてはいけないものは何でしょう
歯科医療はすでに大きく変わり始めています。型取りは口の中をカメラで読み取る方式に、被せ物はコンピューターで設計・加工する時代になりました。AIがエックス線画像の読影を補助し、見落としを減らす技術も実用化が進んでいます。マイナ保険証による情報連携が進めば、服薬情報や持病を踏まえた、より安全な治療が可能になります。本会でも、会の運営にAIやデジタル技術を取り入れ、効率化を進めているところです。
技術は、治療の精度を高め、患者さんの負担を軽くしてくれます。一方で、変えてはいけないものがあります。それは、患者さんの顔を見て、話を聴き、その方の暮らしや思いを踏まえて、一緒に治療を考えるという姿勢です。
口の中は一人ひとり違い、同じ症状でも最善の答えは人によって異なります。歯科医療は、手で触れ、言葉を交わす医療です。AIは優れた道具ですが、最後に責任を持って判断し、患者さんに寄り添うのは人間です。技術が進むほど、信頼関係という医療の原点が大切になると考えています。
――次の100年に向けて、県民へのメッセージをお願いします
120年という歴史は、先人たちが県民の皆さんと築いてきた信頼の積み重ねです。それを次の世代に確実に引き継ぐことが、私の務めだと考えています。
これから人口減少と高齢化がさらに進み、歯科医師自身の高齢化や後継者不足によって、身近な歯科医院がなくなる地域が出てくることも懸念されます。本会では、診療所の承継を支援し、どの地域に住んでいても歯科医療を受けられる体制を守る取り組みを進めています。また、医科や介護、行政との連携を深め、妊娠期から高齢期まで切れ目なく口の健康を支える仕組みをつくっていきたいと思います。
県民の皆さんにお伝えしたいのは、「かかりつけ歯科医を持ってください」ということです。痛くなってから行く場所ではなく、痛くならないために通う場所として、歯科医院を活用していただきたい。年に一、二度の健診が、十年後、二十年後のご自身の食べる楽しみ、話す喜びを守ります。
生涯、自分の口でおいしく食べ、笑顔で過ごせる神奈川を目指して、神奈川県歯科医師会はこれからも皆さんのそばで歩み続けます。
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