瀬谷区版 掲載号:2018年7月26日号 エリアトップへ

連載 地図・絵図で見る瀬谷の生い立ち 第3回 新田開発の時代と「瀬谷野新田」(現・二ツ橋周辺)文/横浜・瀬谷地図くらぶ 田中常義

掲載号:2018年7月26日号

  • LINE
  • hatena

 新田開発は、江戸時代の年貢の増徴策として、戦国末期から江戸時代中期に、幕府が諸藩に奨励した。瀬谷の場合は主に畑地の開墾であった。《相模国図》時代の瀬谷地域には、瀬谷村・瀬谷野新田・宮沢村・阿久和村があった[『天保郷帳』1834(天保5年)]。

 瀬谷野新田は、”古は茅原にて藤沢御殿ありし頃は萱千駄を刈りて奉り・・その後、開墾の事成り”とあり、現・瀬谷区役所周辺の字「千駄野」周辺と考えられ、天正年間(1573〜1593)に露木甚五左衛門らが開墾したという。慶長年間(1596〜1615)は、村名は未詳だが「二ツ橋」と呼ばれ、藤沢宿の”持添(もちそえ)”(古田畑の地続きの開墾、『地方凡例録上巻』)とされ、”民戸30・・中原道村内を貫く”とある。
 

田近淳 司法書士事務所

相続・遺言・登記・債務整理・成年後見など法律の悩みご相談下さい。初回相談無料

http://www.tajika.jp/

<PR>

瀬谷区版のコラム最新6

横浜とシュウマイと私

連載コーナー【3】

横浜とシュウマイと私 社会

「中華街は多様でシュウマイ」

5月7日号

地名で読み解く瀬谷の埋もれた歴史

〜『瀬谷区の歴史地名ガイドマップ』をもとに〜 連載

地名で読み解く瀬谷の埋もれた歴史

第12回 土地の記憶を残す地名と「ハザードマップ」文/横浜・瀬谷地図くらぶ 田中常義

4月29日号

横浜とシュウマイと私

連載コーナー【2】

横浜とシュウマイと私

「横浜が聖地の理由」

4月22日号

瀬谷の生き物だより135

ムラサキケマン 文:清水道夫(瀬谷環境ネット)写真:中村多加夫(同)

瀬谷の生き物だより135

4月15日号

地名で読み解く瀬谷の埋もれた歴史

〜『瀬谷区の歴史地名ガイドマップ』をもとに〜 連載

地名で読み解く瀬谷の埋もれた歴史

第11回 バス停・公園・橋に残る地名【その4・由来不明の多い瀬谷の歴史地名】文/横浜・瀬谷地図くらぶ 田中常義

3月25日号

瀬谷の生き物だより134

カシラダカ 文:清水道夫(瀬谷環境ネット)写真:中村多加夫(同)

瀬谷の生き物だより134

3月18日号

意見広告・議会報告政治の村

あっとほーむデスク

  • 5月13日0:00更新

  • 5月7日0:00更新

  • 4月29日0:00更新

瀬谷区版のあっとほーむデスク一覧へ

最近よく読まれている記事

コラム一覧へ

瀬谷区版のコラム一覧へ

バックナンバー最新号:2021年5月13日号

もっと見る

閉じる

お問い合わせ

外部リンク

Twitter