ともに学び、ともに楽しむ
○…戦後75年を迎えた今夏。この間に多くの中国残留孤児・邦人が国内に帰国した。そのような人々の支援のため立ち上がったユッカの会。未来へ力強く伸びる若者の象徴とされる「ユッカの木」からその名が付けられた。「現在はさまざまな国にルーツを持つ人へ支援が広がり、約180人のボランティアと240人の学習者がいます」
○…1988年の設立以来、初代代表は自身の残留邦人としての体験を語りながら、同会の活動を広めていた。無理に日本の生活に適応させる風潮があった当時、「ともに学び、ともに楽しむ」をモットーとした代表に感銘を受け活動にのめり込む。「教えから学ぶことはたくさんあり、本当に楽しい日々を過ごしてきました」。2012年に2代目代表に就任し、会として活動の幅を広げることに精を出す。しかし、意外にも同会加入前はあまり積極的ではなかったという。大きな転機となったのが、育児ノイローゼとなった学習者が震えながら真夜中にかけてきた一本の電話。「言語の壁から孤独を感じる人が多い。助けたい一心で仲間とともに行動してきました」
○…地域活動も熱心に行い、多忙な日々を送る。その合間を縫って京都に住む娘のもとへ行き、町歩きをしながら息抜きをしているとか。料理をするのも好きで、外国のレシピを教え子から習うのも楽しみの一つとなっている。
○…悲願だった、外国人の日本語教育を受ける機会の支援方針が6月に閣議決定された。日本語を全く話せない子どもとの出会いも多く、国や地方団体の協力の必要性を強く感じてきた。「これで学んだことを実践し、文化交流する場としての本来の力を発揮できる」。会として更なる活躍に期待を込める。
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