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戸塚区・泉区 コラム

公開日:2026.10.08

第128話 〜「吉倉橋」にまつわる話  その1〜 とつか歴史探訪

  • 現在の「元吉倉橋」

    現在の「元吉倉橋」

  • 元吉倉橋(年代不詳):坂本写真スタジオ提供

    元吉倉橋(年代不詳):坂本写真スタジオ提供

 「吉倉橋」は戸塚駅東口前の柏尾川に架かる橋です。名前の由来は、吉田町〜倉田町を繋ぐことから両方の町の頭文字を取ったとされていますが、今は戸塚町と倉田町を結ぶ橋となっています。

 実は、この少し上流に、現在は鉄製の陸橋で小学校の生徒達や工場への通勤に利用され生活道となっている「元吉倉橋」があります。

 この橋は古くは木製の橋で当時は「吉倉橋」と呼ばれていました。

 江戸時代、戸塚の宿場は戸塚町だけでは問屋場が賄いきれなくなり、矢部町と吉田町に新たに問屋場が加わり三町となりました。又、吉田町は宿場の中心から外れているため、宿場中心の戸塚町の一部を提供され現在のNASジム辺りに飛び地として吉田町が生まれました。

 「元吉倉橋」は、この飛び地の吉田町と倉田町を繋ぐ橋でした。

その後、昭和8年(1933)に今の日立制作所横浜事業所と東戸塚小学校の辺りに競馬場が出来ました。新たに戸塚駅に東口が競馬場開催の日のために設けられ「元吉倉橋」は多くの競馬場に行き来する人達で溢れたようです。

 又、「元吉倉橋」は木の橋だったので時にはかなり腐って結構危ない橋であったことも記されています。この頃の橋の欄干には「東戸塚小学校のよい子はこのはしをとおりません よしくらはしをわたります」と書かれていました。

 時代は昭和となり「元吉倉橋」は役目を果たし、今の「吉倉橋」に取って代わることになります・・・「吉倉橋」にまつわる続編は次号で紹介します。

 お詫び:前回号で、掲載順を誤り今回の第128話よりも先に、第129話を掲載してしまいました。訂正し、お詫び申し上げます。戸塚区・泉区編集室

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