戻る

中区・西区・南区 文化

公開日:2025.08.14

ルソン島生き抜いた民間人
大叔母の記録、電子書籍化
「若い世代に読んでほしい」

  • 大叔母が書いた本を持つ中村さん

  • 電子化した書籍の表紙

 中区在住の中村蓉子さん(38)は、大叔母にあたる岡田梅子さんが太平洋戦争末期にフィリピンのルソン島で過ごした日々を記した自費出版本「春菊よ谷のせせらぎよありがとう」を電子書籍化し、7月にリリースした。

 中村さんは大叔母の書いたこの本を、小学生のころから何度も読んでいたという。「生きている間には数えるほどしか会えてないが、不思議と親近感があった。本を読んで、過酷な状況でもポジティブに生きる姿勢に”かっこいい”と感じていた」と振り返る。

 数年前、フィリピンのバレテ峠の戦いについて知っている人を探しているという新聞記事を読んだ。「語ることができる人が減っていく中で、絶版になってしまった紙の本だけでは後世に伝わらない」と、残された本の貴重さを改めて思った。残る本はわずか数冊だったため、手元にあった同著を文字起こししてデジタル化。「戦争を知らない人のために」の副題をつけて電子書籍化した。同著はAmazonのKindleストアで購入できる(500円)。

戦時下も人の営み

 著者の岡田さんは1918年生まれ。三菱商事に勤務し43年、フィリピン・ルソン島のマニラ支店に配属された。同著は岡田さんの南国での暮らしや仕事、日常生活が、色鮮やかで素直な文体で描かれている。

 ルソン島は20万人以上の日本兵が戦死したといわれる激戦の地。周辺の制空権・制海権を米軍に握られ補給路が失われた中、兵士は本土決戦を遅らせるため、ジャングルの中で自給自足で戦い続けることを強いられた。

 45年1月に米軍が上陸する前の12月、岡田さんはクリスマス前に突如、マニラから避難する旨を告げられる。ルソン島を北上する中、赤痢やマラリヤになったり、近くに砲弾が落ちたりする過酷な状況に遭遇しつつも、懸命に生きようとする姿が記されている。また、陸軍特使看護師としても活動し、現地の人を助けるエピソードなどもある。現在、中区山下町で医院を営む中村さんは、「『できることをやる』という医療の原点が描かれている。医者になった理由の一つにこの本があるかも」と話す。

 「戦争の話というと辛いことが沢山書いてあるイメージがありますが、この本は不思議と悲壮感が少ない。戦時下でも普通の人の営みがあることが感じ取れるのでは」と中村さん。特に戦争を知らない若い世代に読んでほしいと願う。

ピックアップ

すべて見る

意見広告・議会報告

すべて見る

中区・西区・南区 ローカルニュースの新着記事

中区・西区・南区 ローカルニュースの記事を検索

コラム

コラム一覧

求人特集

  • LINE
  • X
  • Facebook
  • youtube
  • RSS