鶴見区版 掲載号:2013年8月29日号
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人命の尊さ守った男 鶴見署長・大川常吉

東漸寺にある大川常吉の顕彰碑
東漸寺にある大川常吉の顕彰碑
 1923年9月1日に発生した関東大震災から、間もなく90年を迎える。マグニチュード7・9、最大震度6と推定される大地震で、死者・行方不明者は、日本の災害史上最大の10万5千人余りに上ると言われている。そんな大災害の混乱の中、ここ鶴見に「人命は平等」ということを強く示した人物がいた。朝鮮人虐殺があったと言われた当時、300人余りの朝鮮人らを保護した鶴見警察署署長・大川常吉である。

流言出回り混乱

 横浜地方気象台発行の資料によると、現在の鶴見区や川崎市、神奈川区が含まれていた橘樹(たちばな)郡では、死者・行方不明者は1928人、全壊・半壊戸数は11528戸だったという。 

 潮田町出身で区内の歴史に詳しい林正己さん(85)は、「最初の地震から翌日までにマグニチュード7クラスの揺れが余震を含め6回発生したとされている。地震を経験した母からは、連日の余震で家にいられず、庭にゴザを敷き寝起きしたと聞く」と話し、度重なる揺れに不安をあおられていた状況がうかがえる。

 震災後、関東一円で発生したとされる朝鮮人の虐殺は、被災の混乱した状況の中、「朝鮮人が女性に乱暴し、井戸に毒を入れた」などという流言が出回ったことが原因と言われている。各地で日本刀や竹槍で武装した自警団が朝鮮人を襲ったとされ、鶴見でも同様に、朝鮮人と日本人の間には緊迫した状況が広がっていた。

 情報混乱の中、当時地元の名士だった佐久間権蔵が書いた9月2日の日記を見ると、「朝鮮人が天災に乗じて京浜の各所に放火」「町内荘丁各自衛の器を携えて回る」という当時のものものしい様子が記されている。

勇気ある行動で説得

 そんな混乱の中、当時鶴見警察署署長だった大川常吉は、300人余りの朝鮮人らを同署に保護。抗議する1千人近い群衆を説得し、人命を救ったという。

 大川は、自警団が「毒入りの瓶を持っている」と朝鮮人を鶴見署に突き出せば、「それなら諸君の前で飲んで見せよう」と自ら瓶の中身を飲み、朝鮮人の無実を証明。さらに、「朝鮮人を殺せ」と鶴見署を包囲した約1千人の群衆にも、「彼らも同じ被災者だ。朝鮮人を殺す前に、まずこの大川を殺せ」と訴え、激高を鎮めたという。

 潮田町の東漸寺には、大川の墓と顕彰碑がある。地元の児童・生徒が社会科の学習などのため、訪れたこともあるという。林さんは、「大川の差別を乗り越えた行動は、多文化共生の考え方にもつながる。人権教育のためにも、子どもたちに当時の歴史を知ってほしい」と語っている。

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