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「土木事業者・吉田寅松」【14】 鶴見の歴史よもやま話 鶴見出身・東洋のレセップス!? 文 鶴見歴史の会 齋藤美枝 ※文中敬称略

掲載号:2020年10月8日号

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出家した先祖が開いた坊主の店

 開業当時の横浜戦は、水道道の内路の交差点と松見町の交差点の間は、現在のような高架ではなく、水道道を横切る踏切だった。その踏切近くに坊主店と呼ばれた堀江商店はあったと、宏道和尚の日記から推測し、インターネットで、建功寺の前から菊名へ続く水道道の横浜線のガードの近くに「堀江商店」または「坊主店」はないか検索してみると、「堀江食品」にヒットした。電話番号も書いてあった。

 だが、なかなかな問い合わせの電話をかける勇気がない。一か月ほど思いめぐらして、思い切ってコロナで外出自粛中、酷暑のさなかの八月半ばに電話をかけた。

 電話に出た女性に、建功寺の宏道和尚の日記に坊主の店がたびたび登場すること、堀江商店とも記されていることを伝えると、「坊主の店は、うちですよ。出家してお坊さんになった先祖が開いた店なので、昔を知る人は、今でも『坊主の店』と屋号で呼ばれることもあります」と、明るく答えてくださった。

 坊主の店「堀江商店」は、内路の綱島街道沿い、現在の松見町にあったが、道路が拡張された昭和三十年代に少し丘の上の方に引っ越し、ご主人が亡くなったので、店はやめたことや、堀江家の菩提寺は菊名の法隆寺ということなども教えていただいた。

 早速、堀江家の墓所に「坊主店」の屋号が刻されているのではないかと思い、法隆寺に参ると、歴代住職の墓地の周辺に堀江家と刻された立派な大きな墓石がたくさん建っていた。堀江家は松見町の旧家らしい。が、「坊主店」と刻された墓石はなかった。法隆寺の帰り、炎天下、電動自転車を走らせ、綱島街道沿いに「堀江食品」とおぼしき場所を訪ねてみたが、気がついたら大口駅前をさまよっていた。残りのバッテリーを気にしながらスマホの地図ナビを頼りに家路に着く。

翌日、再び堀江さんのお宅に電話をさせていただいた。

 「聞きたいことがあるなら、来週にでも訪ねていらっしゃい」と、思いがけないうれしいお誘い。週が明けた月曜日午前、さっそく堀江家を訪問させていただいた。内路のバス停で降りて、内路交差点を渡り、横浜線のガードをくぐった松見町交差点の近く、建功寺からなら歩いて八分ぐらいの綱島街道沿いに堀江家はあった。
 

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