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「土木事業者・吉田寅松」【15】 鶴見の歴史よもやま話 鶴見出身・東洋のレセップス!? 文 鶴見歴史の会 齋藤美枝 ※文中敬称略

掲載号:2020年10月15日号

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 以下は、堀江喜美子さんのお宅でお聞きした話の抄録。

 『驢事馬事』に登場する坊主店の主人「堀江安太郎」は、堀江喜美子さんのご主人啓市さんの三代前のご先祖だった。

 安太郎は、堀江本家の長男であったが、チョンマゲを切って出家し、池上の本門寺に入門。三年ほど修行したのち還俗して、明治元年に西寺尾の綱島街道沿いに、よろず品物を扱う店を創業した。坊主頭のお坊さんが開いた店なので、誰言うともなく「坊主の店」「坊主みせ」と通称されるようになった。

 安太郎は明治四十一年に開業した横浜線の東神奈川駅で、車両連結中の列車に巻き込まれて事故死してしまったが、馬場や東寺尾、西寺尾、妙蓮寺や菊名の人たちも利用する坊主店は繁盛した。

 綱島街道は、溝口や綱島方面から神奈川・横浜に至る主要道路で、農家の人たちが朝早く農作物や果物を牛車に積んで神奈川や横浜の市場に売りに行き、帰りには肥やしや町で買い求めた日用品などを積んで坊主店の前を通った。

 坊主店の裏庭には牛の水飲み場もあって、農家の人たちは、行き帰りに坊主店でひと休みをした。牛に水を飲ませ、持参した握り飯を食べたり、煙草をふかしたりしたので、坊主店の団子やまんじゅうもよく売れた。店では質流れなども扱っていたという。

 よろず百貨を商っていた坊主店「堀江商店」は、戦後「堀江食品」と改め、ソースの製造販売を始めた。

 商品名は、敬市社長の母シズコさんが、横浜の「ハマ」と達磨のように転んでもすぐに起き上がるという意味を込めて「ハマダルマソース」。「味が良い」と横浜で大評判のハマダルマソースは、製造が間に合わないほど飛ぶように売れ、堀江家の子供たちは早起きをして、朝ごはんの前にレッテル貼りの手伝いをしてから登校した。

 「ハマダルマソース」は、業界でも一目置かれるようになった。啓市社長は、業界の会合で、「キンケイミルクカレー」を製造販売していた、キンケイ食品工業(株)の森村武次郎社長や弟の森村國夫専務らと交流を深めるようになった。

 昭和三十三年、堀江食品に隣接する松見町四丁目に、キンケイ食品の子会社として荏原食品(株)を創業し、森村國夫氏が社長に就任。社名は、キンケイの森村武次郎社長が現在の品川区荏原で、食品会社を創業したことに由来する。坊主店の隣接地に進出してきた荏原食品では、キンケイブランドのソースやケチャップの製造販売を開始し、工場に隣接した研究所で新しい調味料の研究開発にも力を入れた。

 昭和四十年には、インスタントラーメンのスープを発売。四十三年には、「札幌ラーメンの素(みそスープ)」と「焼肉のたれ(朝鮮風)」を発売し、エバラブランドとして発売。社名もエバラ食品(株)と変更した。

焼肉のたれ発祥の地

 高度成長期に入った日本人の食生活も豊かになり、魚中心だった食卓に肉料理も出されるようになった。街には焼き肉店が次々に開業し、若者や家族連れなどで賑わっていた。この焼き肉店の味を家庭でも味わえるようにできないかと、森村國夫社長は、横浜市内の大衆向けの焼き肉店を何軒も何軒も食べ歩いて味の研究を重ねて、「エバラ焼肉のたれ」を開発した。醤油をベースにしたので「焼肉ソース」ではなく「焼肉のたれ」と命名した。

 昭和四十五年から落語家の月の家円鏡師匠を起用したテレビコマーシャル「♫エ・バ・ラ、焼肉のたれ」で、広く知られるようになり、全国に販売網を広げた。森村社長と円鏡師匠は、全国各地の商店に足を運び、店頭での試食販売にも一役買うなどしたので、焼肉のたれは、認知度を増していった。

 さらに、「すき焼きのたれ」「黄金の味」など、次々にヒット商品を売り出した。堀江さんの会社も工場や設備を増設して、荏原食品の調味料も製造した。

 エバラ食品と堀江食品の工場をフル操業しても、受注に生産が間に合わないようになり、エバラ食品は伊勢原にも工場を新設し、さらに森村社長の故郷である群馬県に工場を移転し、本社も横浜市西区に移転した。

 森村社長は、創業間もないころ、ソースの原料が思うように手に入らず、製造休止に追い込まれそうになると、「味りんを貸してください」「アミノ酸が足りないので…」と、堀江食品の工場に飛び込んできた。姑からは、「うちでも原料が余っているわけではない」と注意されたが、喜美子さんは、「困った時はお互い様」と、ダルマソースを製造するために用意した醤油や味りん、塩、砂糖、アミノ酸などを快く提供した。

 平成二十二年に九十一歳で亡くなったエバラ食品の荏原國夫名誉会長は創業以来、社業発展に共に汗を流した堀江夫妻と、その生涯を通じ深い信頼と絆を保ち続けた。

 建功寺の宏道和尚の山内日記『驢事馬事』でちょっと気になっていた「坊主店」を調べていたら、「エバラ焼肉のたれ」のおいしい話にたどりついていた。さらに、現住職枡野俊明師から、「建功寺には江戸時代、江戸の吉田與左衛門から寄贈された天蓋がある」という思いがけない情報がもたらされた。

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