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「土木事業者・吉田寅松」【16】 鶴見の歴史よもやま話 鶴見出身・東洋のレセップス!? 文 鶴見歴史の会 齋藤美枝 ※文中敬称略

掲載号:2020年10月22日号

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人の心を動かす若き住職の知恵と行動力

 宏道和尚が建功寺第十五世住職を継いだのは、明治二十三年五月である。『驢事馬事(ろじばじ)』は、十四世和尚が亡くなった三日後の五月十九日から昭和五年六月二十八日まで四十一年間書き続けた建功寺の山内日記である。

 昭和五年の没年齢は六十六歳とあるので、住職になったのは二十五歳。濃尾大地震の救援義援金募集に奔走したのは、住職になって間もない一年半後、二十六歳の時である。

 宏道和尚は、萬舟和尚の下で修業・得度し、神奈川県の曹洞宗専門支校を卒業後、鎌倉円覚寺の住職で、幕末・明治時代を代表する臨済宗の禅僧と称される師のもとで修業。曹洞宗専門学本校(のちの駒澤大学)に学ぶかたわら、歌人で国文学者の佐々木信綱にも師事し、短歌や国文学にも造詣の深い人格者であった。

 明治三十一年に能登で火災にあった曹洞宗大本山總持寺が明治四十四年に鶴見に移転してきた際も、仏教精神と深い教養で地域の人たちにも信頼され、機に臨み変に応じた行動力も兼ね備えた宏道和尚が、移転先の成願寺の本寺住職として大きな役割を果たした。

 その片鱗がうかがえる濃尾大地震の義援金募集と、震災者追悼の大法要を企画し、実行した二十六歳の若き住職の山内日記。機会があるごとに紹介をしていきたいと思っているが、まずは、吉田寅松に戻らなければならない。

コレラ流行

 吉田組が、長野県内軽井沢周辺の道路改修工事や軽井沢・直江津間の鉄道敷設工事日光線などを請負っていた明治十九年、全国的にコレラが大流行し、五千九百人が感染、十万八千余人の死者が出た。長野県内でも多数の患者が発生した。

 須坂市の歴史年表によると、八月に「須坂町にコレラが流行し始め、町村の出入口に厳重な見張番を置く」とある。

 須坂町では、多数の死者が出たため河川水の飲用を禁止し、基幹産業だった製糸用水の水門も閉鎖した。

 製糸工場は一か月余りの休業を余儀なくされ、余った原料繭は諏訪や岡谷に送るという非常事態が続いた。各地に伝染症専門の避病院の設置がすすめられた。

長野県に三十円寄付

 寅松はコレラ対策病院費として、長野県に三十円を寄付し、木梨県知事より木杯一個を贈られている。

 『日本鉄道請負業史 明治編中』によれば、明治二十九年に鉄道工事に従事した「組立工」の賃金は一円から一円五十銭、「工夫頭」は六十五銭から八十銭、「土方」は三十五銭から六十五銭、「女人夫」は二十五銭から三十銭とある。

 寅松が長野県に寄付した三十円は、日当一円で一番賃銀の高い組立工が、一日も休まず一か月働いて得られる金額に相当する。

 明治時代の一円は、現在の二万円ぐらいの価値があったという試算もある。明治十九年の三十円は、現在の貨幣価値に換算すると五十万円ぐらいだろうか。
 

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