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鶴見区版 公開:2024年11月14日 エリアトップへ

「土木事業者・吉田寅松」55 鶴見の歴史よもやま話 鶴見出身・東洋のレセップス!? 文 鶴見歴史の会 齋藤美枝 ※文中敬称略

公開:2024年11月14日

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富士山が好きだった西郷従道

 富士山が好きだった西郷従道は、富士山を眺望する場所に家を建てるのが夢だった。兄西郷隆盛を東京に迎えて一緒に住むことも願っていた。

 鶴見には富士山がよく見える場所があると教えたのは、維新前から薩摩家の御用商人として出入りしていた寺尾村(現在の鶴見区北寺尾)出身の吉田寅松だったのではないだろうか。

 富士山のみならず、首都東京も、房総半島も、外国船が出入りする横浜港をも一望する眺望絶景の丘陵地、西郷従道は兄を迎えるための家を建設するための候補地として鶴見を訪れたのかもしれない。

 明治五年十一月に「鶴見村の富士山の見える所へ案内してほしい」と訪れた西郷従道を案内した黒川荘三は、その手記『千草』に「公は富士山を所望さる。後年、東京府下荏原郡麻布広尾に古富士・新富士二調ある。その丘陵新富士というを所有せられて住居されしと言う」と記している。黒川荘三も、明治五年に西郷従道が富士山を眺望する鶴見を丘陵地を訪れたのは、住居建築候補地見分のためだったのではないかと思ったのではないだろうか。

 西郷従道は明治七年、陸軍中将となって征台都督として軍政を指揮し、台湾を征討した恩賞として破格の大金を受け取った。明治三年に購入していた青山の一万七千坪の土地売却金と恩賞金で富士山を眺望する目黒の丘にあった約五万坪の旧豊後国岡藩主の下屋敷だった邸宅を購入した。

 西郷従道の孫西郷従宏著『元帥西郷従道伝』などから目黒の西郷邸を抄録する。

 回遊式庭園の風趣に富んだ広大な邸宅は一千二百円で売りに出されたが、大隈重信や山県有朋、井上馨などの閣僚たちは安く買おうと一千百円に値切った。従道は、「これだけの邸宅を手放すにはそれなりの事情があるのだろう」「わずかではあるが」と百円を添えて一千三百円の値をつけた。大隈や山県などが買いたたくので、邸内の名木や庭石などは庭師に売り払う算段をしていた地主は、従道の申し出に感激して庭園はそのままにし、養豚中の豚まで残していった。

 この話をきいた近隣の農家が従道を慕うようになり、土地を手放さなければならなくなると、「時価よりも高く買ってほしい」と相談に来た。従道は、農民救済の気持で、周辺の土地を購入するようになり、最終的には十四万坪の敷地を有するまでになった。三田上水から引き入れた二段の大滝、大小三つの池、鶴の噴水、石橋、石灯ろう、広大な芝生や樹林を有する西郷邸のある一帯は「西郷山」と称されるようになった。

 兄隆盛を迎えるために購入した邸宅だったが、隆盛は明治十年の西南戦争で死去したため、従道はここを別邸として、起伏に富んだ地形を生かし、洋館や和風の建物を配置した回遊式庭園を完成させた。東京一の名庭園と称され、明治二十二年五月には明治天皇の行幸のもと大相撲や薩摩踊りが催され、皇后や皇太后は西郷家が研究していた養蚕技術の成果や飼育方法などを興味深く観覧されたという。

 従道没後、目黒の西郷邸は西郷家の本家として使われたが、昭和十六年に西郷家は渋谷に移転し、その後昭和五十六年に跡地の一部が整備され、目黒区立の西郷山公園が誕生した。園内には「明治天皇行幸所西郷邸」の碑が建っている。

 明治十六年に完成したフランス人建築家ジュール・レスカス設計した西洋館は、明治期の貴重な洋館建築の一つとして昭和三十九年に愛知県犬山市の明治村に移築され、重要文化財として保存されている。

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