麻生区 コラム
公開日:2023.06.23
柿生文化を読む
シリーズ「草創期の柿生中学校」校歌・草創期の苦心談【2】文:小林基男(柿生郷土史料館専門委員)
今と違って、高さのある防球ネットなど設置できるはずもなかったのです。消耗品や機材も不足していますから、教材を印刷して配る用紙まで足りなくなり、かといって小学校から借りてばかりもいられず、速やかにPTA組織を作りたいと、父兄会(今では父母会ですが、男女平等と言われても当時はなお父兄会が一般的でした)を開いて趣旨説明をしたところ、「子どものためにもなるのだから」と、母親たちがすんなり賛成してくれ安堵なさったそうです。極め付きは、校舎建設予定地の山林内に、地主さん宅の先祖代々の墓があり、墓の移転をお願いしなければならなくなり、何度か墓参りをして、「ご先祖にもお願いして参りました」と地主さんを口説いて、やっと承諾戴けたと、語っておられます。鈴木太郎建設委員長と共に大変なご苦心をされたのですね。それだけに自前の校舎の落成を見ずに転任されたことは、心残りだったことでしょう。
(つづく)
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