麻生区 コラム
公開日:2023.10.20
柿生文化を読む
シリーズ「草創期の柿生中学校」そして「思い出の丘」(その1)【1】文:小林基男(柿生郷土史料館専門委員)
◆柿生の教育と臼井義胤、白井錠次郎、青戸四郎右衛門◆
2017(平成29)年10月21日、柿生中学校の創立70周年記念式典において、生徒代表が板倉敏郎元校長にインタビューする形式で、今やグランドの片隅にひっそりと身を寄せ合って佇んでいる「思い出の丘」の石碑群に、改めて光をあてる試みが行われました。この「思い出の丘」の整備は、創立40周年の記念事業の一部として、昭和62(1987)年に行われました。当時の事情や「思い出の丘」誕生にいたるいきさつは、創立40周年記念誌『わが丘に希望輝き』に詳しく記されていますので、記念誌を頼りに、シリーズの最後に紹介させていただきます。
「思い出の丘」の碑は、柿生小学校の創立百周年を祝う記念事業の一部として造られました。碑には、「川崎市立柿生小学校発祥の地を記念する 思い出の丘 昭和四十八年十一月十日 創立百周年に卒業生之を建つ」と記されています。昭和48年は1973年に当たりますから、柿生小学校の創立は明治6(1873)年になります。「思い出の丘」には、外に「臼井義胤氏頌徳碑」と「白井錠次郎先生頌徳碑」の2つの頌徳碑が建っています。「思い出の丘」は、以前の通学路である123段の階段をあがった木陰にあります(階段は現在も残っていますが、今は使われておりません)。通学生徒が朝夕毎日通る場所でした。
(つづく)
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