町田市立博物館より34 自然を愛し、描きつづけた挿絵画家 学芸員 今井 圭介
「『雑草という名前の草はない。どの草にも名前があります』そう昭和天皇は仰ったそうです」。これは映画、『植・物・図・鑑/運命の恋、ひろいました』(監督・三木康一郎2016年6月公開)の中で、岩田剛典演じる主人公・樹が自分にひそかに思いを寄せる女の子、さやか(高畑充希)に語った言葉である。さやかは一人暮らしで仕事も恋もうまくいかない時に、名前しか教えてくれない雑草好きの青年、樹と運命的な出会いをし、恋をする。冒頭の言葉は二人が草むしりをするシーンでのことである。
樹が語った昭和天皇の言葉は、当時侍従になりたてだった入江相政が吹上御所の庭をきれいにしようと雑草を刈ったと聞いた天皇が、入江を諭して話したものとされる。「どんな植物でも、名前があって、それぞれ自分の好きな場所で生を営んでいる。人間の一方的な考え方でこれを雑草と決めつけてしまうのはいけない」(「宮中侍従物語」編著・入江相政 TBSブリタニカ 1980)というものであった。植物を愛し、直視する学者天皇の一面を伝えるエピソードである。
現在、町田市立博物館で紹介している挿絵画家・天木茂晴もまた同じように自然や植物、生きものたちを愛した画家である。天木はあまり一般に名前を知られていないが、観察絵本『キンダーブック』や学習研究社の科学雑誌、様々な図鑑や教科書に野草や樹木、鳥や昆虫などの生きものたちを多く描いてきた。展示している図鑑を懐かしそうに眺める方もいらっしゃる。天木は当時アトリエがあった荻窪から自転車に乗って石神井公園まで出かけ、雑木林を歩き回ってスケッチをしたり、晩年を過ごした町田市の自宅周囲や近所の薬師池公園などで野草を丹念に描き続けた。こうしたスケッチの中には既に都内や町田で絶滅してしまった植物もあり、貴重な記録ともなっている。
映画では料理のための野草を狩りに行く二人や、樹に隠れてこっそり買った植物図鑑をながめるさやかも微笑ましいが、美しい挿絵の原画や野草のスケッチをご覧いただきながら、雑木林や道端で植物や生きものに目を凝らし、描きつづけた挿絵画家のことに思いをめぐらせていただけたらと思うのである。
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宮司の徒然 其の137町田天満宮 宮司 池田泉12月21日 |
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宮司の徒然 其の135町田天満宮 宮司 池田泉11月30日 |