八王子 コラム
公開日:2024.01.11
―連載小説・八王子空襲―キミ達の青い空
第4回 作者/前野 博
(前回からのつづき)「幻視や幻聴は仕方ないですよね」
由美子さんが、ベッドの上を片付けながら言った。菓子の紙包みやカスが散らばっている。
「認知症が進んでいるんですかね?」
隆は、キミの視線を追う。洗面台の辺りを見ていた。
「そんなことはないと思いますよ。食欲もあるし、排泄も規則正しいし、健康ですよ。問題はないですよ」
由美子さんは、ベッドの端に座っていたキミを抱くようにして、椅子の方に移した。
「由江ちゃん、こっちに来てよ。お話しましょう」
洗面台に向かって、キミが言う。
隆は、洗面台に歩み寄ってみた。
「これ、私の息子の隆よ。由江ちゃん、知っているわよね。とても、いい子なのよ」
洗面台の鏡にキミの姿が映っている。痩せて縮んで、皺だらけの醜い老婆がいる。うれしそうに笑っていた。
「由江さんって、お若いんですよね。この間、キミさんに由江さんの年齢を聞いたら、二十三歳と言ってましたよ」
由美子さんが腰をかがめて、ベッドのゴミを掃いているのが鏡の中に見えた。若い女性の尻の線がくっきりと浮き出ていた。白い制服は欲情をそそるものだと隆は思った。隆の視線は、由美子さんの豊かな胸に向かう。
「隆、何を見ているんだい?」
鏡の中で、キミが隆を睨んでいた。
キミは、隆がおかしなこと、いやらしいことを想像しているのが、分かるのだ。昔から、そうだった。昔を思い出し、隆は背筋が一瞬ヒヤッとした。
「また、イヤラシい本を机の中に隠しているんでないのかい? まったく、おまえは、しょうがない子だね」
「突然、何を言うんだい? 人がびっくりするようなこと、言わないでほしい」
隆は、由美子さんの方に向かって苦笑いした。由美子さんは、吹き出しそうな笑いを必死にこらえていた。 〈つづく〉
◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「キミ達の青い空」を不定期連載しています。
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