―連載小説・八王子空襲―キミ達の青い空 第5回 作者/前野 博
(前回からのつづき)「由江ちゃん、その男には、気をつけるんだよ。女には手が早いからね。傍に近寄らない方がいいよ。こっちに早くおいでよ」
―何だよ。まだ続くのかよ。止めてくれよ。ボケると言っても限度があるよ。ばあさん、息子の俺のこと、何だと思っているのだ。
「女には気をつけろ、と言っているのに、自分の方から近づいて行くんだからね。困った息子だよ」
―俺を何歳だと思っているのだろうか? 七十歳に近く、老人と呼ばれる年齢なんだからな。
隆は苦笑いを続けるしかなかった。
「キミさん、息子さんが困っていますよ。それ位にして由江ちゃんとお話をしたらどうですか?」
由美子さんは、隆の方をチラッと見た。キミの言うことを信じはしないだろうが、丸っきりという訳でもなさそうだ。由美子さんの目が興味深げに輝いていた。
「隆、もう帰りなさい! 男は、ここにいては駄目よ。これから、女だけでお話をするんだから。ねえ、由江ちゃん! 由美子さん!」
由美子さんは、清掃の作業を続けている。キミは窓の方に向きを変えた。
「由江ちゃん、お菓子でも食べる?」
キミには、窓際に立っている由江が見えるのだろうか? 由美子さんは、キミの話に合わせているだけで由江が見えるはずはない。隆は、母の妄想に最近よく現れる由江のことをイメージしようとした。母の若い時の友達だとは聞いているが、詳しいことは知らない。隆はもう一度窓の方を見てから、部屋の扉を開けて外に出た。廊下を行く隆の背中に、母の部屋から三人の笑い声が聞こえてきた。
3.キミと由江
由江ちゃんは、キミの友人・小林由江のことであった。山梨県の上野原から八王子の床屋に働きに来ていた。キミの実家の大野理髪店は八幡町にあり、由江の働く山村理容店は隣町の八木町にあった。 〈つづく〉
◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「キミ達の青い空」を不定期連載しています。
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