―連載小説・八王子空襲―キミ達の青い空 第8回 作者/前野 博
(前回からのつづき)
と、怒鳴られそうな気がした。実際、色々な場所で、若い娘達はよく怒られていた。おしゃれも、お化粧もできない。昭和十九年の秋、モンペ姿に防空頭巾、それが女性の外出時の制服となっていた。
痩せてはいるが、目元の涼しい、優しい感じの若い男性が、キミの方を見てニッコリ笑った。
「ハァ!」
キミは目を丸くして、男の顔を見た。由江も、仲間の三人の女達も、男の方を見たまま、唖然としていた。
若い男は珍しかった。多くの若い男が軍隊に召集されていたからだ。
「僕は、品川区の国民学校の教員で、村上と言います。今日、八王子の床屋さんが勤労奉仕に来て、子ども達を散髪してくれると聞いていました。君達がそうなんですね?」
「そうですよ。私達が生徒さん達の散髪に行きます」
由江が声を上げ、村上の視線を自分に引き付けた。
トラックが砂埃を巻き上げ、走って行く。時折、道路の凹みにタイヤが入り、突き上げる震動に体が浮き上がった。キミの気持ちも何かふあっと舞い上がったような感じがした。
―この男の人は、東京の国民学校の先生だという。やはり、ちょっと、八王子の男達とは違う。誰か分からないけれど、俳優さんに似ている。素敵な人だ!
キミは、一度に楽しい気分になった。
トラックは次第に、疎開児童の宿泊施設である元八王子村の公民館に近づいて来た。トラックの荷台では、由江が一人占めするかのように、村上と話をしていた。キミは、村上とその後ろの移り行く景色をぼんやりと眺めていた。
4.徘徊
施設から緊急の電話が入った。
日暮れが早くなっていた。四時、少し暗くなっていた。隆の妻は、朗読の会があるからと言って、外出していた。
「キミさんの姿が見えないんです」 〈つづく〉
◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「キミ達の青い空」を不定期連載しています。
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