―連載小説・八王子空襲―キミ達の青い空 第20回 作者/前野 博
(前回からのつづき)
キミの目に父、幸助の姿が映っているのだろうか? 幸助が死んで、二十年が過ぎていた。その父の十七回忌の時からキミに認知症の症状が現れた。
「おまえは、隆かい? お父さんかい?」
「なに言ってるんだい、母さん! 俺だよ、隆に決まっているだろう」
「そうなのかい。それにしても、お父さんに良く似てきたね。頭のはげ具合、細い目、顎の格好、お父さんそのものだね。嫌だね。見てごらん、あそこにいる、お父さんそっくりだよ」
キミはそう言って、また仏壇を指差した。隆には父の姿が見えない。キミには見えているのだろう。それにしても、自分が父に似ていようが、そんなことはどうでもいい。余計なお世話だ。確かに、最近、隆はお父さんに良く似てきましたねと、言われることが多くはなった。
「わかったよ、もういいから、寝たらどう?」
「おしっこしたい」
「何だよ、いやになっちゃうな!」
隆はキミを立ち上がらせ、紙おむつを下ろし、ポータブルトイレに座らせた。紙おむつも濡れていた。
隆は、以前使用していた紙おむつが残っているはずだと戸棚の中を探した。おしっこの流れ出る音が聞こえる。続いて、キミが唸った。
「隆、うんちも出たよ」
―なに! 何だよ!
隆は、がくりと、力が抜けた。臭いが漂い始めた。
「がんばって、全部だしちゃいな!」
隆は、キミに背を向けたまま叫んだ。
父の幸助が見ているだろうにと、隆は思った。
しばらくして、
「隆、終わったよ」
キミが気持ち良さそうに笑っていた。
健康そうなうんちが、ごろっと便器の中に転がっていた。隆はトイレットペーパーで、きれいにキミの尻を拭った。
「しっかり、掴まっているんだよ」
〈つづく〉
◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「キミ達の青い空」を不定期連載しています。
|
<PR>
|
|
|
|
|
|