―連載小説・八王子空襲―キミ達の青い空 第21回 作者/前野 博
(前回からのつづき)
新しい紙おむつにキミの両足を入れ、引き上げた。ひからびた、しわだらけのキミの尻は軽かった。一時、その感触が、隆の両手に残った。
隆は、キミをベッドに戻すと、臭いの元を断つために、急いで便器を提げてトイレへ向かった。
―これで、朝まで静かに寝てくれると、ありがたいのだが。
風呂場で便器を洗って、キミの部屋へ戻った。
「隆、帰ろう。施設へ連れて帰ってちょうだい」
キミがベッドに座って、足をばたばたさせていた。
「どうしたの? 今は、真夜中だよ、もうちょっと我慢すれば、朝になる。それから、帰ろうよ」
「嫌だ! 帰るよ」
キミは不愉快そうに、顔をしかめていた。そして、仏壇の方を指差した。
「お父さんがね、しつこく、帰れって言ってるよ。汚いしわだらけのおケツなんか出して、みっともないって、怒ってる」
―仏壇の前に、まだ親父は立っているようだ。こんな時に出て来て、親父よ、余計なことを言わないで欲しい。
ゴミ収集のトラックが止まる音が聞こえた。隆は、時計を見た。午前一時になっている。いつも、この時間になると、前のハンバーグ店のゴミを取りに来る。深夜だからかなり音が響く。キミの介護で、この家に泊まっていた時、隆は必ず目が覚めた。
「親父よ! 見ての通り、母さんの介護で大変なんだ。要らんこと言って、混乱させないでくれ。母さんを静かに寝かせてやってくれ」
仏壇の方に向かって、隆は怒鳴った。
「隆、もういいよ。そんなに怒らなくていいから。お父さん、首をうなだれ、しゅんとしている」
「それじゃあ、母さん、おとなしく寝てくれよ」
隆は、キミの体を横にして、頭を小さな枕の上に乗せた。 〈つづく〉
◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「キミ達の青い空」を不定期連載しています。
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