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八王子 コラム

公開日:2025.07.03

―連載小説・八王子空襲―キミ達の青い空
第22回 作者/前野 博

 (前回からのつづき)

 「明日の朝、施設に帰ろうね」

 キミはそう言って、一旦、目を閉じた。ところが、キミはすぐに体を起こし、また、仏壇の方を見た。

 「頼むから寝てくれよ」

 隆はキミの肩に手を置いた。すると、キミは隆の手を取り、頬ずりした。

 「寂しいよ。わたしは、一人ぼっちだよ」

 「そんなことないだろう。俺が、こうして、母さんの傍にいるだろう」

 「そうだね、隆、おまえがいるね。わたしの大事な息子だよ。とてもいい子だ」

 キミは、隆の手を離さないまま、じっと仏壇の方を見ていた。キミは、悲しい顔をしていた。

 「お父さんはね、お春さんがいるから、わたしは必要ないんだ。邪魔なんだわ。ほら、見てごらん、お父さんとお春さん、並んで仲の良さそうなこと」

 「えっ、なに、お春さんがいるの?」

 「ほら、仏壇の前に、お父さんとお春さんが一緒に並んで立っているじゃあない。お春さんが腕に抱えている赤ちゃんは、明彦だね」

 「なんだって!」

 仏壇の中には、二つの位牌がある。一つは、二十二年前に亡くなった父、幸助の位牌である。もう一つは、昭和二十年に亡くなった、父の前妻の春と息子の明彦の位牌である。目をいくら凝らしても、隆には見えない。認知症の幻視なのか、それとも霊が現れているのだろうか? 隆は、仏壇の中を覗き込んだ。

 父の写真は、いつもより何かにやけているように見えた。お春さんは、死んだのが三十七歳、それより少し若い時の写真だ。相変わらずきれいであった。

 「お父さんはね、若くてきれいなお嫁さんがいいんだわ。わたしがね、この家からいなくなって、喜んでいたんだ。わたしが、お父さんのため、この家のため、一生懸命がんばって働いてきたことなど、みんな忘れてしまっている。勝手な人だよ。お父さんは!」

 キミは、仏壇の方をじっと見ていた。

〈つづく〉

◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「キミ達の青い空」を不定期連載しています。

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